企画


「いやー、遊んだな!」

ぐ、と伸びをした彼のサングラスが青空を反射した。空は雲一つない、とまではいかないけれど、切れ切れの雲の間から見える晴れ間は抜けるような青空だ。あぁ、不安定でもなく、雲一つなく静まり返ってもいない。馴染みある東の海の気候だなと、どこか感慨深くなる。

東の海と偉大なる航路を行き来する定期船の運行は稀だった。それも普段の生活圏ではなく、最寄りでもローグタウンからの発着だ。バウンティ号はココヤシ村に残ったヨサクさんが漁で使う。そこまで行くにも連絡船を乗り継がなければいけないから、この海は自分の船を持たない一般人の移動は容易ではないことを改めて思い知った。

海軍の技術で推進力を搭載した船が、気候の安定した凪の帯を通っていくつかの島に寄港する。私達が目指したシャボンディ諸島もそのうちの一つだった。凪の帯を出た後、途中何度か荒天に見舞われたけれど、それも見越して頑丈な造りの船になっているらしかった。

「楽しかっただろ?良かったらまた行こうぜ!」

に、と白い歯を見せて快活に笑うジョニーくんは、そう言いながら後ろ手に一台のボンチャリを示してみせた。シャボンをくっつけて、その浮力でふわふわ移動できるその乗り物にはしゃいだジョニーくんが、止める間もなく購入したものだ。結果出港したあとすぐにシャボンは割れてしまって、流木みたいな本体だけが残ったのだけれど。その時のジョニーくんの凹みようを思い出した私は苦笑して、黙って首を横に振った。

「え!?そりゃあ、なんでまた…」

そう素っ頓狂な声を上げたジョニーくんが、サングラスの下で目を丸くした気配がする。彼がサングラスを取ったところはほとんど見たことがない。見たことがないけれど、例え黒いガラス一枚隔てていなくてもどんな表情をしているかは分かる。相棒のヨサクさんほどではないけれど、ジョニーくんも案外表情が豊かで、私を一口でぺろりと食べてしまえそうなほど大きく口を開けて笑ったりするのだ。

なんでまた。ふむ、と首を傾げて考える。楽しかった。確かに本当に楽しかったけれど、何が楽しかったかと聞かれると唸ってしまう。強いて言えば遊園地だろうか。思い返してみればジェットコースターに乗るか乗らないかで頭を悩ませるジョニーくんとか、観覧車以上に高い建物を見たことがないと話してくれたジョニーくんとか、風船を手渡されて柄じゃないのにと困っているジョニーくんとか、そんなふうに全部記憶の真ん中に彼がいるので、結局遊園地も全て背景に過ぎない。

楽しかった。確かに非日常だった。けれど、賑やかで華やかなシャボンディ諸島も、お菓子いっぱいのトットランドも、いつか本で読んだ美しいひまわり畑のドレスローザだって、潮風に交じる嗅ぎなれた柑橘の匂いには敵わないだろう。それを全て伝えようとして、けれどよくよく考えたら面と向かって言うのは恥ずかしくて。「普段で十分幸せだから」と、ぎゅっと濃縮させて答えると、少し面食らったジョニーくんがふっと表情を綻ばせて、私の顔を覗き込んだ。

「…そうだな!おれも、今の暮らしが一番だ」

機嫌よく私の頭を掻き回したジョニーくんが、口の端を上げたまま目の前の海を眺める。左頬に刻まれている刺青の通り、ジョニーくんには海が似合う。それもこの東の海が。じ、とその横顔を見つめていると、「お」とジョニーくんの声が弾んだ。

「ほら、帰ってきたぜ」

ココヤシ村だ。そう指をさすジョニーくんは、確かに華やかなシャボンの街が見えたときよりも嬉しそうだった。さぁ、明日からまた幸せな、ありふれた毎日だ。








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