「仲間に鼻の下伸ばしてはいけません」
ふあーい、と気の抜けた返事が返ってくる。名前はその事にもぴくりと片眉を釣り上げた。
今目の前に正座している男共は、先程好意で借りたお風呂の女湯を覗きくさったアホ共である。ルフィ、ウソップ、サンジの三人の、正確にはルフィとウソップの頭部には顔と同じくらいのたんこぶが、サンジの頭にはプチトマト程度のたんこぶがくっついていた。多少ひいきはあるものの、いつも腕力任せに戦っている名前だからこそ成せる技である。
「幸せパンチは一回十万ベリーだけどお前らはもっと大事なものを失ってるんだからな」
「ナミさんの裸が見られればおれに失うものは何もねえ!」
「モラルだけは失うなアホタレ」
全身を大きく使って拳をフルスイングする筈の名前だが、相手がサンジなのでぐっ、と堪えて小さく軽くたんこぶの上にもう一つ手刀を落とした。
「いてっ」
「…せっかくアラバスタを奪還して一応国賓扱いなのに…まあ、海賊だからもうとやかく言わないけど…とりあえず解散」
「よし!肉を食おう!」
解散を言い渡した瞬間に目にも止まらぬ早さで走っていくルフィに、思わず溜め息が止まらない。ウソップも逃げ足が早いし残ったのは二つ積み上がった小さいたんこぶを擦るサンジだった。
「やってくれたなテメェクソノッポ」
「教育的指導だ」
「何が教育だ」
手加減をしたのにも関わらずケッ、と舌打ちをされる。元はといえば彼らがアラバスタの大浴場で覗きなんというものを働いたから怒っているのであるが、そこまで邪険な態度を取られるとこちらが悪いのかと錯覚してしまう。
「でも、まあ、多少やり過ぎたかもしれないな」
「やり過ぎだっつーの!」
つん、と横を向いてしまったサンジにすまない、と謝る。サンジほどではないがフェミニストな名前は女子供には優しいし手は出さない。しかし一度相手が男となれば、げんこつは飛ぶ肘を入れてくるそれに怯めば回し蹴りなんかも入れてくる大変容赦のない人間だ。
しかし恋人であるサンジには絶対と言っていいほど手をあげない。それが例え平手で軽くペしりと叩くことであろうと、でこぴんであろうとだ。
「まあほら、新鮮だろう」
「んだそれ…」
まったく、とサンジが肩をすくめる。それから平素に見えるがどことなく機嫌の悪そうな名前をちらりと観察した。会話はいつもと変わらず成立しているが、どことなくはぐらかされている感じはある。なんだ、と違和感を覚えてじ、と正面から名前の顔を見据える。
「………」
「………なんだ」
眉間に皺を寄せられた。見たことのない反応である。
「…ひょっとして」
「だからなんだ」
「……実はクソ怒ってる?」
「……はい?」
上目遣いで伺うように見つめてくるサンジに、名前は目を丸くした。自分が怒っている?ぱちくり、と瞬きもする。今までサンジがいくらナミやビビにメロリンしようと自分はしょうがないと笑っていたはずだ。なのに今は違う。現に眉間にシワを寄せてサンジの頭に二つたんこぶを乗せたではないか。
「いや、怒っては…ない、かな?」
「あぁ…なんだ、じゃああれか?妬いたか?」
首を傾げた名前に対して納得したようにサンジは煙草を取り出して咥えながらニヤリ、と挑発的に笑った。妬いた?名前は頭の中で反芻した。もやもやと胸の中が烟るようないやな感じ。こんな感情は久しく感じた事がないから、どんな名前か忘れていたようだ。嫉妬、なるほど、名前は腑に落ちてスッキリして、ほう、と息を吐いてから眉を下げて笑った。
自分には、サンジが至上とする柔らかいからだも、豊満な二つの胸も、自然体で素直な可愛らしさも無いに等しい。だから自然と女という存在を羨ましく思うこともある。それは決して女になりたいとかサンジが女だったらとかそういう考えではないのだが、ただ名前が男でサンジも男である以上、名前の不安は一生拭えないだろう。それにサンジは名前に身体を許す側だ。だからこそ女の方が良いと思うこともあるだろう。
嫉妬かと言われれば、それはどうだろうと首を傾げてしまう。しかし名前はそれと似たような気持ちで、内心で自分を卑下していた。自分なんかと、少し思ってどこかでサンジに八つ当たりしてしまったのかもしれない。そう思うと、唐突に自分としても目の前の得意げな顔の男をかき乱してやりたいと、ちらりと思ってしまったのだ。
「……それは、どうかな」
「だろうな、まさかお前が…へ?」
ぼかして答えた名前に、違うと否定されると思っていたサンジが口から煙草を取り落とした。くい、とぽかんとした顔の男のネクタイを引いて、顔を近付ける。
「サンジ」
「え、あ…なん、なんだよ」
至近距離でじっ、と見つめれば、サンジの色白の頬がじわじわと染まっていく。それに少し気分が晴れたような気もして、名前はふ、と笑みを零して、許可も取らずにその左頬に唇を落とした。
「ちょっと勝手な事言ってもいい?」
ちゅ。今度は右側に落とす。ぼっ、とキスをした両頬が容量オーバーです、と言うように真っ赤に染まって、サンジの肩も緊張してかちんこちんになっていた。表情は未だ、何が起こっているかわからないと語っている。
「な、んだよ…」
ちゅ、くるくると巻いた右眉尻にも、啄むように唇を付ける。びく、と肩が跳ねて思わずふふ、と小さく笑った。
「んっ…はやく、言えよ…」
誤魔化すように視線を外したサンジに、ずい、とまた距離を縮めて詰め寄る。慌てたように目を泳がせて、サンジは名前から離れようとする。しかし、それよりも速い速度で、名前はサンジの腕を掴んで引き寄せた。
「…くくっ…」
「わ、らうな!」
緊張でがちがちに固まった身体をふわり、と両腕で包み込む。さっきまで沈んでいた気持ちが浮上するのを感じた。それはきっと、サンジの固まった腕がぎこちなく名前の袖の肘のあたりを掴んだからだろう。もうそれでいい。抱きしめ返してくれたと見なしてもいいだろう。そう、誰にするとも知れない言い訳を頭の中でして、苦笑を浮かべた。
「…好きだよ」
「……それのどこが勝手なんだよ」
だから、おれだけ見てろなんて、言わなくてもいいのだ。どことなく腑に落ちなさそうな声のサンジを少しだけ不思議に思ったが、今だけは女子陣の所に行かせまいとぎゅう、と強く抱き締めた。
糖度12度のキス
あじさい様、リクエストありがとうございました!
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