企画


「…ツンデレ」

「えっ?」

ツンデレ。こいつは確かさっきツンデレの女を可愛いと言っていたはずだ。ツンデレとは何だろう。どんな行動を取ればツンデレに入る?今からでもおれはツンデレという枠に入れるだろうか。ぐるぐる。頭の中でそんな考えが渦を巻いて、ぐらぐらと視界が揺れているような気がする。おれはそっと名前の顔の横を蹴り付けた足を戻してその場にしゃがみ込んだ。正面から焦ったような声が掛けられる。

「せ、船長!?大丈夫ですか!?」

「うるせえ…」

「え!?なにもう!」

気分悪くないすか?そんな風に言いながら腰を上げた名前がおれの方に近付いてくる気配がする。

「…うる、せえ」

「え…えっと、立てますか?船まで戻れますか?いや動かさないほうがいいのか…?」

あたふたとおれの前で取り乱す名前。とりあえずといったようにおれのすぐ横にしゃがんで助け起こそうと肩に触れた。視線だけで名前の様子を伺えば、その顔は心配そうにおれを覗き込んでいる。思わず名前のつなぎの胸の辺りを、縋り付くように掴んだ。

どうしたってこの男が欲しいのに、おれはこいつのタイプでもなければ同性だ。

「…なぁ、名前」

「はい?」

おれは一応医者だからそれなりに学はあるし、指は刺青こそ入っているが海賊で男にしては細くて長い方だと思っている。髪だって潮風で多少傷んでいるけれどお前の好きな黒髪だ。それにお前に退屈させないくらいの話題は持っているつもりでいるし、少食とは言えないかもしれないが身体だってお前に比べたら筋肉量も少ないだろう。ツンデレは…これからどうにかする。酒場にいた女達には何一つ敵ってはいないかもしれない。男を魅了する仕事をしている女と、海賊で、男で、札付きのおれが張り合うことがそもそも無謀なのかもしれない。それでも。

「それでも、おれは、お前が好きだ」

「……え?」

「…好きだ、名前」

そこまで、殆ど酔った勢いに任せて零す。色良い返事も、おれの大好きな笑顔もない、ただただ驚愕の表情が返される。そうだろう、驚いただろう。だが同時にその顔を見て、諦めもつく。何を勘違いしていたのだろう。例え名前の言う条件にどんなに当てはまったとして、本当に好きになって貰える筈なんてないのに。おれは、馬鹿か。思わず嘲笑すら浮かべて、名前の胸元に縋り付いた指を外した。酒に流されて今まで隠してきた勝算のない気持ちを打ち明けるなんて。

否、おれが女だったら勝算もあったかもしれない。

「あの、船長」

「…何だ」

「それ本当ですか?」

「嘘なら、良かったな」

嘘なら良かった。お前にとっても、或いはおれにとってもそうなのかもしれない。名前から離れて居場所を無くしていた手をそっと、引いた。

と、思った。

「…良くないです」

「…は?」

その手持無沙汰な指が、温かい武骨な手にぱしりと掴まれる。呆気に取られて目を丸くするとその手がおれの手を引いて、名前の目が観察するようにそれを捉えた。

「…あ、ほんとに綺麗な手」

「…っ!?」

「それで、おれの好きな黒髪」

「お、おい名前!」

我に返ったように突然目の前の男が口を開いて、おれは思わず口を噤んだ。それを良いことに反対の空いた手で帽子を剥ぎ取られる。広がった視野に映った名前の顔は先程の驚愕ではなく、ふ、とどこか嬉しそうに笑んでいた。

「他にも色々ありますけど、一つずつ答え合わせ、しますか」

「…なに」

「船長は知的で綺麗な手で綺麗な黒髪で一緒にいて楽しいしおれからしたら…そうですね」

そこで少し思考を巡らせるように斜め上に視線をやった名前は、思いついたように立ち上がりながらおれの手を引いて、引き上げられたように立ったおれを抱きとめて支えた。帽子を持った手が背中に添えられて、意図せず背筋が伸びた。

「ほら、こんなに軽いじゃないですか」

「…でも、おれは」

「あのね、船長」

名前はおれの言葉を遮るように言葉を重ねる。その有無を言わせない視線に窺うように目線を少し上げれば、名前のなだめるような色の目と視線がかち合った。

「おれが好きなのは、そんな条件じゃないしそれを残らず満たしてる人でもないし、って言うかおれ、女の子褒める時あんたと重ねてたからあんな褒め方してた訳で、女の子と話してる時も船長の事しか考えてなかったっていうかなんていうか…分かります?」

眉尻を下げて笑うこの男が何を言っているのか、理解が出来ない。それでもその困ったような、慈しむような笑顔と腰に回された腕に籠った力に、身体が硬直した。と同時に、顔がじわりと熱を持つ。

つまりそれは、あの女達におれの好きな部分を投影していたということか。

「…分からねぇな」

胸の中に、温かい何かが充満していく。浸食するような心地よさに身を任せて、もう一度名前に縋り付くようにその服を掴んだ。えぇ、と名前が満更でもなさそうに破顔する。この馬鹿。おれが今までどれだけやきもきしてお前の事を見ていたと思っているんだ。柔らかく笑った目をじっと見据えて、おれは口を開いた。

「だから、おれの好きなところ全部言うまで…離さねぇからな」

「…言い切れないんで、今日は離れなくていいですか?」

数秒間。それだけ熱っぽく見つめ合って、それからおかしくなってくすり、と互いに笑う。さて、今日の夜は長くなりそうだからおれも久し振りに羽目を外すとしようか。

縋り付いた腕は、いつの間にか名前の首に回されていた。





暁様、リクエストありがとうございました!






- ナノ -