企画


「えええマリーちゃんっていうのー!?めっちゃ綺麗じゃん!知的な感じでおれ好み!」

「シェーラちゃんおかえりー!シャチのやつに変な事されなかったー?シェーラちゃんの綺麗な指には触らせねーぜ!」

「ミシェルちゃんの髪ってめっちゃ綺麗だよね!なになに専属スタイリストとかいんの?毛先まで真っ黒でサラサラだしちょー綺麗だね!」

「エリスちゃんってほんと面白いわ!話のタネ尽きないんだな!明るいし一緒にいて楽しいわ!」

「えーなにそれツンデレかよニーナちゃん!でもそういうところも可愛い!」

おれの二つ隣のテーブルで水を得た魚のように生き生きと女と戯れる男に、どうしようもなくむかつく。自分の機嫌が急降下している自覚もある。右側の女が自分が何かしたかって内心焦っているのも察してるし、左側の女が何かを理解したかのような意味深な笑みでおれを見ているのも知っている。全てにイライラする。一つ舌打ちをしてグラスに注がれた強めの酒を一気に煽れば、左側の女が苦笑して話しかけてきた。

「恋人?あっちのテーブルでうちの子たちに囲まれてるの」

彼、の所で女の目線が名前の方に向いた。おれはその質問に眉間に皺を寄せる。

恋人?バカを言え。そんな訳あるか。あんな女好き。女といえば見境なくデレデレしやがって。何だツンデレって、それお前蔑ろにされてんだよ、嫌われてんだよ、本当にちゃんとデレられてんのか。そう思っていたら更に気分が悪くなってきた。

「恋人だったらさっさと顔張ってる」

「あら、片思いなんだ」

「…うるせぇな」

とぷとぷ。さっき空けたばかりのグラスに酒がまた波打つ。この女、高い酒ばっかり注ぎやがって。否、それでも昨日狩った海賊共から奪った宝で払えばこんなもの水のようにいくらでも飲める。それに船員に今日は羽目を外してもいいと言ったのはおれだ。おれなんだ。また一つ知らないうちに舌打ちをしていたらしく、知ったふうな女が笑う。右側に座っている女はおれ達の会話から自分の過失で機嫌を損ねたわけではないと分かったのか、幾分かリラックスした様子だ。他のテーブルではクルー達が女と戯れている。しかしこのテーブルだけ空気が違うのは気のせいではないだろう。左側からは面白そうな視線、右側からは気遣わしげな視線が送られてくる。何とも混沌とした空間の中、おれは名前から目を離さずに酒を煽るばかり。そんなおれの視線の先で、名前が。

「アンジェラちゃん身体細いな!ちゃんと食べてる?」

そう笑って、女の腕に、優しく触れた。

「…あ」

右側から、ついつい出てしまったと言うような声が聞こえた。慌てて口を塞ぐ女と、寧ろこの状況を楽しむような左側の女。あぁ、ずっと神経を逆なでされているようだ。気に入らない。あいつの周りの女達も、デレデレしてる名前も、そして見てるだけのおれも。

「取られちゃうわよ?」

「…何を」

「うちの店の子、みんな可愛いもの」

「…ちょっと、クレア」

クレア、と呼ばれた女がくすりと笑う。それは挑発的な笑みではあったが、どこかおれをけしかけるるような意志もありそうだ。少し考えて、もう一度名前をじい、と眺める。

名前が、他の誰かに、取られる。心なしか頭がぼうっとしている気がするが、単純な思考ならできる。今までずっとおれがこの思いを黙っていたせいで、ずっと見ていた名前を、横から取られる。そう考えただけで何だかむしゃくしゃして、グラスの中の酒をもう一度飲み干した。

「…席を外す、残りはお前らで飲め」

「あら、帰っちゃうの?」

テーブルにグラスを叩きつけるようにして置けば、拍子抜けしたようなクレアが言う。どうやらおれがこれ以上名前の様子を見ているのが辛いから帰るとと思っているらしい。だが、それは違う。おれはにやり、と口の端を上げてROOMを店の外に及ぶ範囲にまで広げた。

「あァ、帰る…あいつも一緒に」

「…ふふ、振られたらまたお酒付き合うわよ?」

「縁起でもねぇな」

シャンブルズ。指をくい、と動かせば、名前の姿が掻き消えて代わりに店の外にあった酒樽が姿を現す。恐らく名前は今頃店の外で突然暗くなった空間にぽかんとしているだろう。きゃあ、と名前の両脇にいた女達が悲鳴を上げた。それに満足感を覚えて席を立って、カランカランとドアベルを鳴らして外に出る。空気が冷たく感じるのは恐らく頬が火照っているからだろうか。

「えっ!?なに!?ちょ、これ船長の仕業でしょ船長ォ!!」

店の裏手からぎゃあぎゃあと喚く声が聞こえる。早くも状況を理解したらしい。すぐに思考がおれに向かったのは褒めてやる。尻餅をついて暗闇に目を慣らしているらしい名前の前に歩み出る。

「…おい、名前」

「うわっ!って船長!なんなんですか!」

「随分、楽しそうだったな」

「えぇ!?」

暗がりから突然現れて声を発したおれに、名前は驚いて後退り、壁に背中をぶつけていた。その身のこなしにこいつはまだそんなに飲んでいないんだな、なんて呑気に考える。こちとら女からの煽りとお前の軽率な行動のせいで少なからず酒が入っているというのに。否、寧ろ酒が入っていないとこんな行動を取ろうなんて、思うはずがない。つかつかと名前の正面に歩み寄って、右足を持ち上げた。

「名前」

「は、はい…ってぎゃああああ!!?」

その右足で、名前の顔のすぐ横スレスレの壁を蹴る。ドッ、と結構な音がして一瞬壁が軋んだが手加減したので穴は開かなかった。当たってもいないのに大袈裟な反応をした名前は後ろに下がるがそれ以上はただ壁に背中を擦りつけているだけだ。

「な、なな、何すんですか!」

吃りながら懸命にこちらの様子を窺ってくる名前に、少し胸がすいたような心地がする。ふん、と鼻を鳴らしてその間抜け面に顔を近づけた。

「お前は、知的な奴が好みなのか?」

途端にえっ?と名前の目が見開かれる。おれの質問に理解が追いついていないのだろう。なぜこんなことを聞かれているのか分からない、と言ったような顔だ。ぐ、とまた顔を近付けると困惑した表情のまま答える。

「えっ?い、いや、一夜限りなら馬鹿でも良いですけど、まぁ…本命ならそうですね…」

なるほど、おれだ。既に思考回路がおかしいような気がしないでもないが、気にしたら負けだろう。ゆったりと頷いた名前にもう一つ質問をぶつける。

「指が綺麗な奴は?」

「指、ですか、細くて綺麗…はい」

そうか、おれだな。

「髪は、黒が好きなのか?」

「こ、個人的には黒髪ですけど…」

これもおれだ。

「話が尽きないと一緒にいて楽しいか?」

「えぇ、まぁ…そりゃそうです」

おれはこいつと話してる時どうにか話題を広げようと必死だった。それに名前も楽しそうに会話していた。それならおれに当てはまる。

「おれは、よく食べてるように見えるか?」

「え?船長がですか?偏食で朝抜いたりとかするんでそんなこと無いと思いますよ、ほら、好きなもの出た時はよく食べて…」

「あァ?」

「ひっ!いいい、いや!いつも全然食べてないじゃないですか〜身長あるんだからちゃんと食べなきゃダメですよ〜折れちゃいますよ〜…あ、あはは…?」

よし、これも、クリアだ。不正は無かった。しかし、最大の問題が残っている。おれはそこを追及するべく口を開いた。






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