企画


チリン、と鳴らされるワイングラス。目の前に置かれる高く積み上がった箱の山。がやがやと話すいつもより楽しそうなファミリーの幹部達。いつも以上にご機嫌な若様。そうして口々に掛けられる、今日何度聞いたか分からない祝福の言葉。楽しそうに騒ぐ各々の中心、所謂お誕生日席でおれは一人曖昧な笑みを浮かべていた。うん、どうしてこうなった。

話は、今日の朝八時に遡る。

「若様!聞いてくれ!」

ガチャリ、と遠慮無くドレスローザ国王の私室のドアを開く。窓際に座っていた若様は、ゆっくりとおれの方を見ると愉快そうにフフフ、と笑った。ここで騒ぎ立てても首を飛ばされないあたり、おれはちゃんとこの人にファミリーとして認められているんだと思う。

「なんだァ名前、ずいぶん慌ててんなァ」

「あぁ!そうなんだ、この日を待ち侘びた!」

ふふ!とついつい笑い声をあげて、おれは口元を押さえた。その下はもちろん、押し殺したけれど堪えきれない笑みが浮かんでいる。何故かって、そう、今日は嘘を吐いてもなんとか免罪符を得ることの出来る日だから。

実はおれ、今日誕生日なんだ!

おれがそう言うと、一瞬、時間が止まったような気がした。

実を言うとおれの誕生日なんておれ自身も知らないし興味ない。もともと戦災孤児なので保護された日はだいたい分かっても正確に生まれた日にちなんてわからない。その旨は特に誰にも言う必要がないと思っていたから口に出したこともなかったし、聞かれたことも無かった。しがない結婚詐欺師だったところを若様にヘッドハンティングされてからまだ日も浅いおれがそんなことをファミリーの誰かに伝えているはずがなく。だからこそこの日にウソのネタとして活用した、のだが。

「…あれ?」

予想していた若様の高笑いや苦笑どころか、それ以外の反応すらない。おいおい、なんでもいいからせめて何かしらコメントをくれよ。そう思って若様の様子をよく観察してみると、なるほど反応はしてくれていたようだ。否、反応をしていただいていたようだ。

若様は、さっきまでの笑顔が嘘みたいに真顔だった。

「…おい、名前」

少しの沈黙の後、地を這うような若様の声。ヤッチマッタと確信しつつも無視なんてできるはずがない。まさかこのファミリーは誕生日絶対殺すマンの集まりだったりとかするんだろうか。他人に厳しく身内に甘い感じだから、構成員の誕生日なんてビバサンバ踊り明かそうのノリで祝いまくると思ってたんだが…。ひゃい、なんてかろうじて情けなくか細い声で答えると、若様は鉄仮面のような無表情を壊さずにそのまま口を動かした。

「それを言ったのは、おれが最初か」

「も、もちろん…?」

そうですとも。若様より先に遭遇したベビー5には下手なこと言えないから「昨日前髪切ったんだ、似合うか?」程度の嘘しかついていないし。ちなみに女性とは素直なもので「何も変わってないように見えるわ」ともっともなことを言われた。

さて、若様はと言うと。

「……」

口をひき結んだまま傍にあるピンクでモフモフした電伝虫に手を伸ばして、そのまま受話器をあげた。目にも留まらぬ速さで相手を設定して、申し訳程度の呼び出し音の後にがちゃん、と電伝虫の表情が変わった。

「もしもし?」

「おれだ」

「若様?珍しいわね、わたし国内にいるのに電話なんて」

どんなメカニズムかは知らんが急激にまつ毛が伸びた電伝虫。こざっぱりとした口調は、どうやらベビー5さんのようだ。若様はその仏頂面のまま、たった一言だけ告げた。

「この城の一番広い部屋に名前の誕生日パーティが出来る環境を大至急手配しろ」

「えっ!?私が必要なのね!わかったわ!」

「えっ」

まかせて!と、その電話はおれが「今のは嘘だ」と口を挟む間も無く切れた。その事実にサッと全身から血の気が引く。

ベビー5さんのことだ、今から一時間もかけずにこの城の一番広い部屋に豪勢なパーティの準備を整えるだろう。そしてファミリー全員にこのことを伝達し、帰ってこれるファミリーは全員帰ってきてそれで…と、そう考えるだけで気が遠くなる思いだ。今こうしているうちにもおれが誕生日だなんていう嘘はじわじわと範囲を広げていっているだなんてそんな。

てっきり若様に誕生日だと言った時点で「フッフッフッ!もう少しマシな嘘を吐くんだな名前!」という具合にあしらわれる予定だったのに、まさか更に事が広がるとは思わなかった。今日がエイプリルフールでまだ午前中だと言うことを踏まえると嘘を吐かれることもあるだろうな、程度には心の準備をしておくものだと思っていたのだが。まさか、若様…エイプリルフール…知らないんじゃ…。

ものの数秒でそこまで考えて、その結論に達してからやけに心音がうるさい。今おれは現在進行形で取り返しのつかないことの渦中にいる。もし先ほど考えたように若様がエイプリルフールを知らないとしたら、だ。当然のようにこのまま恙無くパーティの準備が進むだろう。これが他の日なら何ら問題はない。しかしこのエイプリルフールだという点に引っかかった人間がいたとしたら、「今日ってエイプリルフールだよな?」の一言でおれの人生が終わる…?

だってこの城で一番の部屋でパーティなんてさせといて「誕生日っていうのは嘘ですテヘペロ」なんて言ったら、若様の機嫌を損ねかねない。というか国王にそんなの処刑ものだ。やむを得ない、取り敢えず早いところ訂正して、被害を最小限に留めなければ…!

「あの、わか…」

「名前」

「はい!」

若様、と呼ぼうとしたらおれの名前を被せられてしまった。まさかそこでおれが押し通す訳にもいかないので条件反射的に返事をする。若様はおれが呼びかけたのには気がつかない様子で、未だに少し不機嫌なまま口を開いた。

「さっき、誕生日だって言ったのはおれが初めてだと言ったよなァ」

「え、あ、はい」

「じゃあまだ他の誰にも祝われてねェな?」

「あ…そうなるけれど…それが」

「そうか」

「……」

いや聞く気ねぇ。若様聞く気ねぇ。おれの呼びかけに答える気配がないんだけど。おれが恐怖で強くでられないってのもあるんだろうけど、いやこれ通じなさ過ぎだろ。心と心が通わな過ぎだろう。かと言って今更訂正するのにも勇気が必要で、おれはまごついていた。

「名前」

「は、はぁ」

思わず気の抜けた返事をしてしまい、少しどきりとする。どうしてこんな嘘を吐いたんだろうおれってやつは。いまは猛烈に後悔している。深く溜め息を吐きたくなったがそんなことをしてももう遅い。若様の言葉を待っていると、その仏頂面が。

「誕生日、おめでとう…もっと早く言えよ、フッフッフッ!」

至極楽しそうに、そして何だか嬉しそうに、綻んだ。

「…へ?」

思いもよらない反応におれが目を丸くすると、若様は突然ご機嫌な様子に戻ってフッフッフッ、とまた笑った。

「一番にお前を祝えるのは、気分がいい」

その言葉にようやく若様の最初の不機嫌の意味がわかった。若様よりも先におれの誕生日を祝った奴がいるかもしれないって思ったから、そうか。

「あ…りが、とう」

胸がじんわりと熱くなる。おれがこぼした言葉に若様は更に嬉しそうに笑った。誕生日なんて知らないし、関係ないと思っていたけど、こうやって笑顔で祝ってくれる人がいるのは、悪くない気分だ。

その夜、城で一番広い部屋でパーティが執り行われた。おれの誕生日パーティという名目の宴ではよく見知った顔の幹部がたくさんいた。一つの嘘でここまで大事になってしまったのは少し心苦しいけれど、誰もおれが誕生日であるということを疑う人間はいなかった。

チリン、と鳴らされるワイングラス。目の前に置かれる高く積み上がった箱の山。がやがやと話すいつもより楽しそうなファミリーの幹部達。いつも以上にご機嫌な若様。そうして口々に掛けられる、今日何度聞いたか分からない祝福の言葉。楽しそうに騒ぐ各々の中心、所謂お誕生日席でおれは一人曖昧な笑みを浮かべていた。うん、どうしてこうなった。それはまぁ、おれが嘘をついたせいなんだけど。

だけど、こんなに楽しいなら来年からもおれの誕生日はエイプリルフールでいいや、なんて。

「フッフッフッ!名前、誕生日おめでとう」

「ありがとう、若様」

楽しそうな若様を見たら、そんなふうに思えてしまったのだった。






緋羅様、リクエストありがとうございました!




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