企画


ドフラミンゴは、歩くのが遅い。

そんなに長い脚なのにどうして歩くのが遅いのかと言うと、あいつはよくおれやベビー5の隣でやれあの船はどこの商船だとかやれあの店はコーヒーが美味いとか色々街を観察しながら歩いているからだ、と思う。事実少し前にいるおれ達にそんな風に話題を振ってくることも多い。ベビー5よりもおれに向けて話し掛けるのが多いのはきっとおれが将来の右腕と特別扱いを受けているからなのだろう。だから他愛のない話でもおれはドフラミンゴが興味を持つものを知っておきたい。

「…フフフッ!ロー見ろ、あの店は米粉のパンが売られてるらしい」

「…それは米なのか?パンなのか?」

「米粉パンだ」

「おれはパンは嫌いだ」

「材料が米でもか?」

「…食べたことがないからよく分からない」

ただ、たまに理解出来ない事もある。

ドフラミンゴは、おれがファミリーに入るために尋ねた時にぽつりと「おれと同じだ」と零していた。どういうことなのだろう。今の子供のおれとドフラミンゴが同じだとは思えないし、ドフラミンゴの過去を、おれは知らない。どうして海賊になったのか、どうして部下をファミリーと呼ぶのか。否、ファミリーと呼ぶのはマフィアなんかでもよくある事だが、このドンキホーテファミリーのファミリーはそれとはまた少し毛色の違う付属品のような気もするのだ。それはその言葉通り「家族」を表すものなのではないか。おれはそう思う。ドフラミンゴの態度から構成員を本当の家族のように思っているのを伺うことが出来るから。

でもそれはおれの推測で、ドフラミンゴが本当にどう思っているのかは分からない。こいつは思考も身長もおれにはまだ手の届かない高い位置にいるから。

「…っ、」

そこまで考えて、くらり、と朝から重い頭が少し痛む。

今日は取引のためにアジトのあるスパイダーマイルズを離れ船で別の島まで来ており、もう商談を終えて船へ戻る途中だ。アジトにはジョーラとディアマンテ、ラオG、ベビー5とデリンジャーが残っていてその他がフラミンゴのあしらわれた船に乗った。ちなみにあの船のデザインはドフラミンゴやファミリーが考えたものではなく、船大工にドフラミンゴの名前を名乗った瞬間に決定した物らしい。だからファミリーに入るまではドフラミンゴは派手好きだと思っていたのだが、初めて奴の私室を尋ねたときはその簡素さに驚いた。

話が逸れた。おれはドフラミンゴの右腕になるためにあいつの傍を極力離れないようにしている。それはひとえにこの男の底の知れなさを少しでも理解するためだ。だから少しの体調不良はおして遠征や集金についていくようにしている。珀鉛病のせいで基礎体力が落ちがちだがそんな事に脇目を振ってられないのだ。

おれには時間がないのだから。

考え事をしていたら、前を歩いているグラディウスと随分距離が開いていた。ドフラミンゴの歩みが遅いから感覚が麻痺していたような気分だが、普通の大人というのは大概その足の長さからして子供よりは歩くのが早いのが相場だ。知らない街で逸れたら面倒な事この上ない。おれは少し歩くスピードを上げて前を歩くファミリーに追いつこうとした。そう言えばドフラミンゴはおれより少し後ろを歩いている。

「おい、ドフラ…ドフラミンゴ?」

もう少し早く歩こう、と提案しようと振り向けば、そこに派手な桃色のコートは見当たらなかった。思わずぽかん、として周りを見渡す。いない。おれより前にもいない。近くの店の店頭にもその姿は見当たらない。嘘だろ、と思わず口に出す。まさか、あのドンキホーテ・ドフラミンゴが。

「…迷子?」

口に出すと、その響きが余りにもドフラミンゴに似合わな過ぎて口元が引き攣った。そもそも、ドフラミンゴは万が一「迷」いはしても「子」ではない。もう一度前の様子を伺う。すたすたと先を急いで歩く奴らは自分達のボスの姿が見えない事など気が付いていないようだ。声を掛けようとして口を開くと、また頭が締め付けられるように痛んで、思わず足元がふらりと覚束なくなった。

どこに行ったんだろう。

さっきまでそこで歩いて、そこで笑いながら話していたのに掻き消えたようにいなくなってしまった。それがまるで本当にどこかへ行ってしまったようで、そんな筈がないのに言いようもない不安でばくばくと内側から心臓が胸を打つ。どうして、一体どこに。ぐらり、と景色が揺れて思わずそこにしゃがみこむ。前を歩くファミリーは、座り込んだおれにも、いなくなったドフラミンゴにも気付かないで、足早に離れていく。一瞬息が追いつかず、地面に吸い寄せられるように身体から力が抜けた。あぁ、倒れる。

置いて、行かれる。

「…バカか」

一瞬意識が遠退いたかと思えば、ふわ、と宙を浮く感覚がした。目を開けると、ぐらぐら揺れる視界の中に目に刺さるような色。身体が落ち着いた先は地面ではなく。

「体調が悪いんだったら黙ってないで言え」

ドフラミンゴの腕の中だった。

「どふ、ら」

「どうした?どこが悪い?」

ドフラミンゴ。名前を呼ぼうとしたが畳み掛けるように質問されてしまい、一度口を噤む。ふわ、ふわ、ドフラミンゴが歩く度におれの頬を掠めるコートの羽根が擽ったい。

「…あたま、いて…」

「…頭ねェ、昨日の夜ふかしとなんか関係あんのか?フフフッ」

「し、てんの…かよ」

「寧ろ知らないと思ったのかよ」

バカか。もう一度繰り返されて帽子を取られる。それを腹辺りに押し付けられて受け取ると、帽子を抱きかかえる格好になった。仰向けに抱き上げられた格好におれは赤ん坊じゃないと文句を言いたくなったが、その言葉を飲み込んで溜め息を吐いた。今この状態で何を言っても子供の我儘になってしまうだけだ。カツカツ、とドフラミンゴの靴のリズミカルなヒールの音が耳に転がり込んでくる。いつもより歩くペースが早い気がするのは、気のせいだろうか。

「若様…ロー?」

「悪いなグラディウス、先に船に戻る」

「い、いえ!そんな…代わりましょうか?」

「いいさ、お前らも早く帰ってこいよ」

グラディウスとドフラミンゴが話しているのが聞こえる。確かこのドフラミンゴに心酔する男はファミリーの中で一番前を歩いていたはずだ。そのグラディウスの声を追い抜いて、ドフラミンゴは船へと足を急がせる。殆ど振動が来ないな、と思っていたらドフラミンゴが口を開いた。

「ふらっと薬を買いに行ったんだけどなァ、今すぐ使うと思ってなかったから水がねェ」

あぁ、だからさっきは一瞬姿が見当たらなかったのか。そう自分の中で完結させて、ドフラミンゴの身体に体重を預けた。

ドフラミンゴは、歩くのが遅い。

そんなに長い脚なのにどうして歩くのが遅いのかと言うと、あいつはよくおれやベビー5の隣でやれあの船はどこの商船だとかやれあの店はコーヒーが美味いとか色々街を観察しながら歩いているからだ、と思う。事実隣にいるおれ達にそんな風に話題を振ってくることも多い。ベビー5よりもおれに向けて話し掛けるのが多いのはきっとおれが将来の右腕と称されているからなのだろう。

と、思っていた。

ドフラミンゴの歩みが遅いのはきっと、その日連れている人間の中で一番歩みの遅い子供に合わせて歩いているからに他ならないのだろう。事実おれもファミリーのボスが後ろを歩いているから気分的に急かされることもなかった。

それにファミリーを最後尾から見るともれなく全員を視界に入れることができる。例えば戦闘面で未熟なおれやベビー5が弱みとして目を付けられたとしても、ドフラミンゴの視界にそれが入っていればすぐに対応できるだろうし、それ以前に見ているだけで牽制にもなる。

「…くやしい」

今回の件で分かった。おれは将来の右腕としてドフラミンゴに目を掛けて貰っていたわけではなかったのだ。ただ、力のない子供として、分け隔てなくファミリーの一員として守られていただけだったのだ。

くやしい。もっとこの男に認めて貰えるようになりたい。この男が庇護する前では無く、隣を歩けるようになりたい。初めてファミリーの門を叩いた時のように、おれを昔の自分と「同じ」と称したのならばおれはその「同じ」になりたい。ドフラミンゴと同じ目線でものを見られるようになりたい。どうしても体調の悪さもあり、精神面がささくれ立つ。

「…それならまず、体…治すことだなァ」

くしゃり。思考を読まれたかのようにそんな言葉を掛けられて髪を優しくかき混ぜられる。そうだ、珀鉛病さえ治ればおれは大人になれる。国一番の医者でも直せなかったこの病を克服出来れば。そんなことはきっと無理に等しいのに、おれだって諦めていたのに、ドフラミンゴのそんな一言で、おれは。

おとなに、なりたくなってしまったのだ。





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