企画


違う高校違う出身、同じ大学違う学部、それで、同じ性別。おれの基準で恋人を端的に纏めるとそんな感じ。

おれの出身はだいぶ地方だ。祖父祖母両親の訛りは酷いし地元の景色は基本山、その辺の地域の住人なんて全員知り合いみたいなもんの小さな町だ。だから大学に進学が決まって出発する時は両親に涙ながらに見送られて故郷に錦を飾るつもりで出てきた。その先、都会も都会の東京。初めて友達になったローが、初めての恋人になるなんて思ってもいなかったけど。いやまあそりゃそうだどっちも男だし。

田舎者のおれと中等部から持ち上がりのロー。学部も違うし接点なんて無いように見えるだろう。実際に無かった。ただ学食で正面の席になってから話し掛けられて、なんとなく気が合って、なんとなく友達になった。おれとしてはそんな印象で、それで一緒にいる時間が増えて、紆余曲折あって今の恋人という形に収まる。

ローはおれから見たら完璧超人のような人間だ。才色兼備、と一言で表すには少し言葉足らずなところがある。才、で言うとまず頭の回転がいいし知識量が豊富だ。どんな話題を振っても大抵盛り上がるからそのおかげで仲良くなるのも早かったように感じる。色、なら顔、スタイルと総合してルックスがいい。長い足を組んで本を読んでいる姿を見ると声を掛けるのを躊躇ってしまうほど絵になる。

性格は少し自信家なところがあるけれどそれはロー自身のスペックが伴っているから嫌味でもない。自分の出来ることを正確に把握しているという点でも自己分析能力が高いという長所になる。意外と可愛い物が好きだったり好き嫌いが多かったりというのは、まぁギャップ萌えと言うやつでそれがあるからこそ人間味を感じられる、なんていう長所に変えてしまえるからローは不思議だ。こうなると、益々おれの胸の中をある疑問が食い潰していく。

ローは、どうしておれと付き合っているのだろう。

「…ん」

ふと目が覚めた。今日は土曜日、ローはおれが借りている賃貸マンションに泊まりに来ている。半開きの目に映ったのは、壁に背を向けて寝ていたおれの胸に額を押し付けて眠っているローだった。二つ並べた枕は一つ使われておらず、おれの足にローの足が絡まっている。夜の間ずっとこの体勢で眠っていたらしく、全身が凝り固まっているようで思わず息を詰めて伸びをした。

「んー…あいてて…」

「ん…、名前、?」

「あ、わり、起こした?」

出来るだけ身体を動かさないよう務めたつもりだったが、ローを起こしてしまったようだ。薄く開いた眠そうな目が少し彷徨ってからおれの目を捉えた。ローはおれが伸びをしていると分かったのか、絡めていた脚を名残惜しげに解いた。申し訳ないな、と思いながら少し跳ねた髪を優しく撫でる。

「おはよう」

「ん、はよ…」

「まだ寝てて大丈夫だよ」

くあ、と欠伸をしたローの髪から手を離す。先に目が覚めたし朝飯の用意でもしようかと肘を付いて身体を起こそうとすれば、ぐい、とスウェットの裾を掴まれた。半分閉じて眠そうに瞬きを繰り返すローの目がまだおれの顔を懸命に見ていた。布団から出る作業を中断して、寝っ転がるローの方に身を寄せる。

「ん、どうした?」

「…まだ」

「うん」

「まだ…ここにいろ」

とろん、と眠気で蕩けた薄茶色の目を手の甲で擦っている。それに苦笑してまだ布団から出て行くことは許されなさそうだと身体を横たえた。

「なんだよ、朝飯食わねぇの?」

「腹、へってねぇ」

「嘘つけ、昨日晩飯食ってねぇだろ?」

「…お前ががっつくから」

「よがって疲れて寝ちゃったんだもんなァ」

「しね」

ばし、と胸板を叩かれてケラケラと笑う。いやいや、今先にそういう事を匂わせたのはローの方だろう。心なしか顔を赤くしたローがふい、と寝返りを打つようにおれに背中を向けた。

「あーごめんごめん、おれが我慢出来なくてローに無理させちゃったんだよな」

ごめんな、ともう一回謝って笑いながらローの動く気配のない体を後ろから抱き締めた。ちゅ、と脳天に唇を落とせばローの肩に力が篭って上がる。その反応が可愛いくて起き抜けだけどもう一度頂いてしまおうか、なんて邪な考えが頭を過ったが、ローが腕の中で身じろぎをして口を開いたのでやめた。

「…やっぱり腹が減った」

「何だ何だ?わがままちゃんか?」

「違ぇよバカ」

「分かったよ、すぐ作る」

「ん」

出来たら起こすよ、なんて声を掛けるがこれは断じて甘やかしてなんかない。昨晩のアンコールには少しサービス精神多めに応えてしまった気がするからローの体を案じてのことである。布団からのそのそと起き上がりキッチンに足を向ける。何分田舎から出てきての一人暮らしの部屋なので家は広くない。

さて、何を作ろうか。一人で起きた時はトーストを焼いてジャムを塗って貪り食うという手抜き朝食で満足するがローはパンが嫌いだ。だったら同じくトースターで焼きおにぎりでも作ってやろうと考えをまとめてくあ、と欠伸をひとつ。ぼんやりとした頭で歩けばテーブルの足に小指をぶつけて、いて、と声を上げたところでテーブルを睨みつけた。瞬間、その上に置いてあったローの携帯に音も無くメッセージが届き、ぴか、と内容と名前が表示される。

『ニコ・ロビン』

『今日はよろしくね』

さ、と一気に眠気が引いた。一瞬呼吸すら忘れて、そのメッセージが消えるまでローの携帯から目が離せない。

「………ロー、携帯…充電器差しとくな」

「あ、わり」

「おー」

自然に受け答え出来ていただろうか。声は、震えて、いなかっただろうか。おれはローの携帯に充電器を差して画面を下に向けてテーブルに戻す。

ニコ・ロビン。女の子の名前だった。知らない名前だ。この間はモネ、その前はナミ。いやまさか、とかぶりを振る。友達だろう。おれにだって女友達の一人や二人いるんだから気にすることは無い。

気にすることは、無いんだ。

今日は元々ローに夕方から出かけるという話を聞いていたし、ただ友達と遊ぶだけなんだろう。ニコ・ロビンちゃんはその中の一人で、きっと几帳面な性格だから皆にああいったメッセージを送っているんだと思う。いや、とてもいい人じゃないか。

でも、ローが今日遊ぶって言ってたのって。

「…あれ、ロー今日誰と遊ぶんだっけ?」

ひたひた、裸足でフローリングを踏みしめてキッチンまで来た。男の一人暮らしにスリッパなんて豪奢なものはない。ぱか、と冷蔵庫に入っている冷ご飯を取り出してラップを外しながら、何気なくを装ってそう尋ねた。ローは体を横たえたまま、少し頬のあたりが見えるくらいかすかに振り返る。

「麦わら屋とユースタス屋、黒足屋や鼻屋あたりも来るかもしれねぇ」

「ん、そかそか、お小遣いあげようか?」

「何言ってんだ、いらねぇよ」

ふ、とローが笑った気配がする。おれは声こそ弾んでいるが、笑えない。なぁそれ、本当なのかよ。もしかして、女の子と遊ぶのおれに隠して、体のいい嘘ついてるんじゃねぇの。それとももしかしてニコ・ロビンさんもその「あたり」に含まれてるとか?ユースタス屋はキッドだって分かるけど麦わら屋とか、黒足屋とかそう言うふうにあだ名で呼ぶのって、もしかしてその中にも女の子いたりする?その中に本当は可愛い可愛いニコ・ロビンちゃんとか、モネちゃんとか、ナミちゃんとか、いるの?そんな風な詮索じみた疑問がいくつもいくつも浮かんでは消える。

冷えたご飯を少しだけレンジで温めて醤油を掛ける。スプーンでざっと混ぜて、ラップに半分ずつ取って三角に形を整える。その間、おれは一度開いたら自重してくれなさそうな口を一生懸命閉じていた。ラップから醤油のおにぎりを二つ、トースターの網の上に転がすように置く。すう、と落ち着いて息を吸った。

やめよう。

こんな疑問無駄だ。ローの人間関係にいちいち文句をつけても意味なんてないだろう。学校に行く限り誰かと会うし誰かと話すし、その延長で誰かと遊ぶことだって、当たり前にあるんだから。

おれと付き合う前のローは来るもの拒まず去るもの追わず、を体現していたとキッドからよく聞いていたが、今はそんな話全然聞かない。だから、不安なんてないはずなんだ。それに。

ローみたいな完璧超人が、おれと付き合って「くれて」いるだけで、奇跡みたいなことなんだから。

「今日の朝ごはんは焼きおにぎりでーす」

ローに見えない角度で強張った笑顔を作って戯けてみせる。上半身を少しだけ起こしたローは、横顔が見えるくらいこちらを向いて、ふ、と笑った。

「へぇ、うまそう」

そう、こうやって笑ってくれるだけで充分だ。おれは殆ど嘲笑して、オーブントースターの蓋を閉めてタイマーを力任せに回した。いいんだ、嫉妬も真実もなにもかも知らない馬鹿のふりをして、ただローの気の休まる場所であれば、おれはそれで。





はこ様、リクエストありがとうございました!






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