企画


余り教育上宜しくはないが、ドフラミンゴは基本的に他の海賊団への略奪におれやベビー5も引き連れて行く。そして自分の目の届く範囲で武器を持たせ戦うこともある。そう、ちょうど今日のように。

「まぁあれだな、怪我しない程度に頑張ってこい」

ベビー5には元々悪魔の実の能力があるので、おれに自分の腕くらいの刃渡りの薄い剣を。子供の手に出来るだけ合う小さなもので、しかし身を守るに十分な大きさのものを手渡す。そうしておれ達二人の前にしゃがんで一人ずつ頭に手を置いて緊張を解すように笑った。

「まだ熟練とは言えないが能力の使い方はもう大丈夫か?…銃で打つ時は集中して狙えよ、頭じゃなくて心臓を狙えば体のどこかには当たる、練習はしてるから分かってるな?…ほら、肩の力を抜け、反動で痛めたらどうする」

「大丈夫よ若!」

「ローも大丈夫か?お前はまだ身長がねぇからあんまりリーチのある武器は持たせられねぇが…相手の間合いをよく考えろ、その剣は薄いし軽いから切り裂くのに適してる、いつも使ってるのより軽い分動きやすいだろうから一気に間合いを詰めろ、相手の攻撃は受け止めずに避けてその隙に斬りに行くのがいい、基本は大振りの雑魚を狙え」

「分かった」

ドフラミンゴのアドバイスは的確だ。こうして耳を傾けるだけで自分が一段階強くなれた気がする。それにおれ達が戦うときはドフラミンゴが常に注意を払っていてくれるから心強い。いい返事だ。ドフラミンゴがそう笑っておれ達の間から真横につけた敵船を指差した。既に何人かが乗り込んで暴れている。

「…戦いの上で守ることは?」

「危なくなったら若様の名前を呼ぶ!」

「大人数と能力者は相手にしない」

おれとベビー5が一つずつドフラミンゴに言い聞かせられたことを繰り返した。ドフラミンゴは一つ頷いて、右手の人差し指を立てた。ドフラミンゴは、おれたち子供が戦っているときは船からその様子を眺める。まるで、公園で遊ぶ子供を見守る親のように。

「あと一つ」

「「戦ってるコラソンに近付かない」」

「フフフッ!よし行け」

愉快そうに笑うドフラミンゴだが、最後の注意は馬鹿に出来ないのだ。コラソンの奴はよく戦闘中にもドジを発揮する。この間は敵を巻き込みながら転んで数人の意識を刈り取ることに成功していた。もちろん自分の頭に大きなたんこぶを作っていたが。戦闘中にあんなのに巻き込まれたらたまったものじゃない。

背中を押されて、生唾を飲んで走りだす。実際に戦うのはこれが初めてではない。それでも命のやり取りというのは緊張する。船の間に渡された足場を超えて敵船に乗り込む。ベビー5は武器の都合上敵から少し距離を取って止まった。どうやらグラディウスの敵を横取りする算段らしい。

刃の打ち合わさる音の最中にまで来て、落ち着くために一つ息を吐いて辺りを見渡す。おれの視界にちょうど敵船内に続くドアから一人男が出てきたのが映った。筋肉質で大柄な、頭の悪そうな男だ。

剣を握り直す。相手もこちらを見下ろして怪訝そうな顔をした。

「ガキがこんなところで何してやがる」

「お前らみたいなバカを壊しに来たんだ」

そう言い捨ててから身体の前で武器を構える。相手が手にしているのは重そうな金棒だ。大丈夫、剣術の稽古をつけてくれているディアマンテの足元にも及ばないだろう。

おれの言葉に憤慨したらしい相手は金棒を大きく振りかぶった。真上から叩き潰すようなその姿勢は子供だからと油断しているのだろう、見るからに隙だらけだ。ぐ、と身を低く構えて相手が武器を振り下ろそうとした瞬間に横に飛ぶ。ばりばり、と甲板に重い金棒がめり込んで木の破片が飛ぶ。相手が体制を立て直している間にそのまま脇腹に飛び込みながら剣を横向きに振るった。ひゅん、と薄い刃が空を切り裂く軽い音がして、相手の脇腹が裂けるように切れて血が吹き出す。相手の目がぎろりとおれを捉えた。身を翻して間合いから抜け出す。すぐに体勢を立て直して敵から目を離さないようにしなければならない。

男はゆっくりとした動きでおれが斬りつけた脇腹に手を当てて血が出ていることを確認していた。だがいやに落ち着いていて気味が悪い。慌てる理由がないと言うような雰囲気だ。確かに振り抜き方が甘かったのか、刃がブレてそんなに深くは切れていない。とはいえ内臓の集まっている腹部に傷を負ってなぜそんなに。

ごり、と金棒が浮いた。そして放漫な動きで振り返った男の体に起こった変化に、おれはドフラミンゴとの約束を破ってしまったことに気がついた。

元々筋骨隆々としていたその身体に、ぶわ、と突然体毛が生える。それに加えて盛り上がった筋肉には血管が浮いていた。動物と系か超人系の能力者だろう。剣を構えたまま、じり、と下がる。相手の体は見るからに黒い体毛にすっかり覆われていた。これは不味い事になった。男は持つのも大変そうな金棒を小枝のようにいとも簡単に持ち上げた。どうやら霊長類のゾオン系らしい。筋肉量が増えただけあってさっきの比ではない腕力だろうし、その大きさもドフラミンゴより一回りほど大きく見える。

これはいけない。ドフラミンゴとの約束がなくても能力者の相手は自分にはまだ早いという自覚はある。ここからは逃げることを再優先に、と地面を蹴って後ろに飛ぶ。しかし、相手の動きはどうしたってそれを上回っていた。少なくとも男よりは早く飛んだはずなのに、その跳躍の幅が相手の方が大きく追いつかれてしまう。視界の端で黒い金棒が凪ぎ払うように振り抜かれるのを捕らえて、少しでも衝撃を抑えようと剣で受け止められるように構えて痛みに備えた。

「…ーっ!」

思わず、目を瞑って歯を食い縛る。だが待っていた痛みはいつまでも身体を襲う事はなく、踵がとん、と地面に着地して、バランスを崩して尻餅をついた。何が起きたのだろう。すぐさま顔を上げると、おれを庇うようにして降ってきた、鮮烈な桃色が視界いっぱいに広がった。安心したように全身から力が抜ける。

「…ど、ふら…」

「呼ぶのが遅ェなぁ、ロー」

平然と、三日月のように口を釣り上げて笑う男。片手を空中に浮かせて反対の手はポケットに落ち着いている。おれを殴ろうとしていた男はドフラミンゴを挟んだ向こう側で、ドフラミンゴに当たるギリギリで金棒を寸止めしているように見える。状況が飲み込めずに水を打ったように静まり返った甲板を見渡せば、敵味方、すべての人間が写真のようにピタリと停止していた。やはりドフラミンゴよりも大きい体格になった男は目を見開いてから無理矢理に笑みを繕う。

「こんなガキの代わりに船長のお出ましか?」

「助けは求められてねェからな、ただの横取りだ」

いつものように呼吸を弾ませて笑うドフラミンゴは、ただ少しだけ機嫌が悪いようにも見えた。ドフラミンゴの能力だと相手は分かっているらしく、いつその能力が解除されるのかと様子をうかがっているようだ。

「…寄生、糸」

パラサイト。相手の動きを意のままに操るドフラミンゴの技。悪のカリスマと呼ばれ、周りを翻弄し自分の思い通りに動かすこの男に相応しい技だ。ドフラミンゴがくい、と糸を引くように指を動かすと味方の身体が解放される。こんなに沢山の人間を一気に手玉に取るのだ。そう思うと恐怖から開放された反動の興奮が、高揚が胸の中にじわりと広がって思わず口角が上がった。

「何笑ってやがる、能力者と戦うなって言ったろ」

「見分けがつかなかったんだ、そんなことより」

「そんな事じゃねぇってんだよ、ったく…」

「なぁ、ドフラミンゴ、おれの事、見てたのか?」

「あァ?」

怪訝そうな目でドフラミンゴに見下ろされる。周りではファミリーの奴らが動けない敵を片付けているのかぎゃあぎゃあと悲鳴が飛び交っていた。ただ、おれはと言うと今ここにドフラミンゴが来た事に対しての喜びに笑みを引っ込めることが出来なかった。

だって、おれのピンチに現れたという事は、おれの事をずっと見ていたと言うことだろう?

くく、と肩を震わせて笑えばポケットから出てきた手の甲で頭を軽く小突かれる。それすらも肯定のようで、思わず一歩ドフラミンゴに近付いた。遥か高い頭の上で呆れたような溜め息が聞こえたがそんなのは気のせいだろう。ドフラミンゴがまた指を動かせば、金棒を持った男は獲物を投げ捨てて海に身投げをした。それを確認するように視線を向けて、そのままの格好でドフラミンゴが言う。

「…まぁベビー5のことも見てはいたが…つーか見ててやるって言ったよな?」

「つまり、おれのこと見てたんだな?」

「ハラハラして見てらんなかったけどな」

やれやれ、とドフラミンゴは呆れたように肩を竦めて、それから親猫が子猫を運ぶようにおれの首根っこを掴んだ。ぞんざいな扱いに思うところがない訳ではないが、今はそれよりもドフラミンゴがおれをずっと見ていたという事実の方が大きい。

「あああん若様あ!怖かったよお!」

どん、とドフラミンゴの足元にベビー5がしがみつく。手足両方で飛び付いからまるで木にしがみつくコアラのようにくっついている。その行動を読んでいたらしくドフラミンゴが落ちないように手を添えた。慣れている様子だから毎回こうなのだろう、その光景を初めて見た。ドフラミンゴはそのままベビー5を振り落とさないように歩きながら笑った。

「フフフッ、嘘をつけよ、ほぼ的確な狙いだったぜ?」

「それでも怖かったの!」

えーん!と大袈裟に喚きながらドフラミンゴの脚にしがみつくベビー5を思わず睨みつけるが、目線が合わずに気付かれない。愉快そうに笑ったドフラミンゴはテキパキと宝を運び込む大人の船員たちに先に船に戻る旨を伝えた。

「…まったく、おれはいつからガキを助けるヒーローになったんだろうなァ…」

苦笑、といったような声でドフラミンゴが呟いて、さっきまで怖い怖いと喚いていたベビー5がうふふ、と小さく笑う。まぁいい、今日くらいは泣かさないでやろう。

「お前はヒーローって感じじゃないな」

そうだろうなァ、とドフラミンゴが答えた。世間一般で言うヒーローは海軍や義賊のような、弱きを助けて強気を挫く輩のことだろう。こいつは違う。弱きを助けるように手を差し伸べてその手で操り、強気を挫かずに利用する。やり口は汚くはなく美しく悪どい。おれから見れば、焦がれるほど憧れだ。

こいつは、ヒーローですら戦うのを躊躇う最高のヒールってところだろう。




桐様、リクエストありがとうございました!




- ナノ -