企画


「えっ、なにあれ」

「…馬鹿シャチ顔に出すんじゃねぇ」

思わずおれが上げた声はすぐさま何故か小声で早口なペンギンにぴしゃりと窘められた。え、なにごめん。咄嗟に謝るが口に出してしまうのも仕方ないと思う。

朝、と言うより特別やることも無い午前中をダルっと部屋で過ごして昼頃に飯を食いに食堂に来た。昨日は隠れて部屋に持ち込んだ酒とツマミをコックの奴と分け合って夜遅くまでゲラゲラと騒ぎ倒した。隣の部屋のペンギンに「うるせぇぞ殺されろ!」という自分の手を汚さないスタイルの罵声を掛けられて深夜に解散した覚えはある。おれはどうにか何食わぬ顔を装って疲れた顔をしたコックから飯を受け取り、そっと話をしやすいようにペンギンの隣に腰を下ろした。こいつもしかしてあのあとも飲んでたんじゃ、と思ってコックをチラ見すると親指を立てられた。予想的中かよさっさと寝ろよ。ちなみに今日の朝飯は海軍カレーならぬ海賊カレーらしい。

「…なぁ、あれなんなの、おれの目がおかしいの?おれ視力2.0なんだけど」

「おれも間違って幻覚剤でも飲んだかなって思ってる所だがどうやらあれは現実らしい」

「おいおいおい、嘘だろ…」

「あんまり目を向けるなカレー食え」

「ウッス」

殆ど身を乗り出すようにして渦中の人物たちを見ていたところ、新聞を顔の全面に開いていたペンギンから肘鉄を頂いた。すいませんね。さて、現実から逃げまわるのもこのくらいにしよう。おれは極力声を落としてスプーンでカレーを掬いながらペンギンに話しかけた。

「……あいつら、とうとうくっついた訳?」

「…みたいだな」

おれたちの視線の先には、食堂の椅子を限りなく近付けてぴったりくっついて座る二人の男の姿。テーブルの上に新聞を広げて記事を指差しながらああでもないこうでもないと会話しているようだ。

我らが船長と、クルー仲間の名前が。

「……え、近っ」

「その割にはこっちにはなんの報告も無い」

「ってかアレいつの新聞?お前も新聞読んで…おい逆さだぞペンギン」

「これは昨日のだし正直読んでない」

「あっちが今日のかよ…」

ちなみにペンギンの日課は毎日新聞を読むことだ。御愁傷様。

カレーを咀嚼しながら向きを直したペンギンの新聞を覗き込むふりをして船長と名前に目を向ける。多分あんなあからさまにいちゃついてるという事は昨日何かしらあったのだろう。すごく気になる。正直名前の露骨な船長への好意とそれに全く気がついていない船長とここ最近沈んだ様子だった名前から何がどうなってくっついたのかすごく気になる。それに関してはまだ横に座るペンギン帽子の男も詳しくは知らないんだろう。また一口ゆっくりとカレーを口に運んでもしゃもしゃと頬張りながら聞こえないかな、とくっついている二人の話に耳を澄ませた。

「おい、盗み聞きは…」

「ちょっと静かにしろよ」

ピーチクうるさい飛べない鳥である。おれはペンギンに掌を向けて注意を静止した。お前だって気になるだろ。

「…あ、またユースタスですよ、軍艦二隻…」

「……ユースタス屋ァ?」

新聞の記事を指差してユースタス・キッドのニュースを読み上げる名前。船長はそれに片眉を釣り上げて不機嫌を顕にした。まぁ船長ユースタスのこと生意気だから気に入らないとか言ってたしな。それに気付かない名前はとんとん、と新聞を指の腹で叩いた。

「血気盛んな奴ですね…って、キャプテン?どうしたんです?」

「…別に、何でもねぇ」

「そんなはず無いじゃないですか、おれ、気に触ること…しました?」

「…してない」

「キャプテン」

手前にいる名前が顔を逸らした船長を追いかけて顔を覗き込む。おいだから近えよ。それ友人の距離でも船長とクルーの距離でもねえよ。自分の背筋に薄ら寒いものが走ったのを自覚して、そのまま船長が渋々と言った様子で口を開いたのに耳を澄ませた。

「っ、おまえが…ユースタス屋の話、なんて…するから」

「ガッ…!ムグ…!」

「げっ!おいだから言っただろ盗み聞きはするなって!」

耳に転がり込んできた船長の台詞に思わずむせ返れば、ペンギンにあくまで小声で怒られた。お前盗み聞きするなってこういう意味かよ。一般的な「いけません!」じゃねぇのかよペンギンに言われたらそう思うじゃん。HP削れるよってそういう意味かよ先に言えよ。声を殺して咳込んでなんとかカレーを吹き出さずに深呼吸で平常通りの呼吸を取り戻した。ちらり、と二人の様子を見てみれば名前がむっすりと不機嫌な船長の頬を片手のひらで包んで隈を親指でなぞってる所だった。

「………」

おれはそっと心を殺してカレーを食うマシンになろうとスプーンを握り直、そうとした。

「おはよぉ…」

眠そうに目を擦る、オレンジのツナギの白熊が現れる、その瞬間までは。

「…ペンギンさん」

「…えぇ、シャチさん」

まずいことになった。と二人で暗黙のうちに通じ合う。まずい。ベポが他人の恋愛事情の機微に敏い訳がない。むしろ敏いのは「他人」と言うより「他クマ」だろう。いやそんなことはどうでもいい。激しくまずいことになった。

どうやらかねてよりペンギンにキャプテンへの気持ちを相談していたらしい名前は、「キャプテンと付き合うことになったぜ!てへぺろ!」という旨を報告していないらしい。という事は付き合っていることを少なからず隠しているのだろう。しかし隠し切れないほど、寧ろこれみよがしにいちゃついてる、隠し切れないというかこれ見て察せよレベルのいちゃつきっぷりだ。そこにベポの登場。すると、どうなるか。

「…あれ、キャプテンと名前、なんか近いね!」

「っえ?そ、そうかぁ?そんなこと…ないと思うけど…ね、ねぇ、キャプテン?」

明らかにしどろもどろになる名前。ほら見ろやっぱりベポは純粋が故に痛い所を突いてくるんだよ。これでそろそろあの二人も付き合ってます宣言をするか、若しくは人目のあるところでは離れるとかそんな事態に落ち着くだろう。おれがそっと溜め息を吐いたところでペンギンも肩の力を抜いた。ペポ、よくやったな。うんうん、と頷けば、名前に話を振られた船長はふ、とあくどい笑みを零した。

「あぁ、そうだベポ、おれたちの距離は『これ』で合ってる」

ガタッ。

「ブッ、げっほげほ!ぐっ、お、あがっ…!?」

「お、おい!シャチ!」

おれは今度こそカレーを吹き出した。ペンギンに背中を擦られる。まさかカレーが気管に入ったらこんなにもスパイシーだなんて知らなかったし、そもそも身を持って経験したくはなかった。と、言っても仕方のないことだ。だって、おれは見てしまった。

『これ』で合ってる。そうベポに言った船長と目があった瞬間に、船長がおれに向けてニヤリとドヤ顔で笑った、その顔を。

…いや見られてたの分かってんならよそでやってくださいよ!




梟様、リクエストありがとうございました!






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