日記に載せていたものを移動してまいりました
あの、涙は。腹を這いまわる手の感触をぼんやりと感じながらおれは薄っすらと目を開けた。
「……あ…に、うえ…?」
かすかすの声が自分の耳にも入ってきて、思わず顔を顰めた。腹筋を震わせた時に引きつった腹の皮が痛い。動きを抑えられるように優しく銃で撃たれていない胸辺りを抑えられ、霞む目を凝らしてみるとローがおれの腕とチューブで繋がった輸血パックを高々と掲げて目を見開いておれを見下ろしていた。
「ロー、おまえ、どうし、て…?」
「………」
宝箱の中に隠れていたはずなのに。ローが隠れていたそれをドフラミンゴ達が運んで、隙を見て逃げ出したのだろうか。そうしておれの元へ帰ってきたのだろうか。だったらこの輸血パックは。しや、そもそもおれはドフラミンゴに銃で撃たれた筈だ。ならどうして生きているのだろう。そう思ってローを見ていると、感極まったようにじわ、と目涙で揺らしてから思い出したようにはくはくと口を動かした。
「あ、そ、そうか、まだおれの能力がきいてるんだな」
上がらない腕をそのままに指先だけで能力を解除する。ぺち、と下手くそな決まらない音がした。
「っ、コラさん、よかった、ほんとに生きてた、よが…だ!」
ほろほろとローの目から涙が零れ出した。涙と一緒に落ちるローのうわ言を下で浴びながら、おれは微笑んだ。きっとおれを助けるために実践したこともない治療法も試したのではないだろうか。酷な事をしてしまった。でも本当に、この子には命を救われた。
「ありがとな、ロー…でもおまえ、その輸血パックは…?」
「うん、ドフラミンゴが、くれたんだ…!」
「…ドフラミンゴが?まさか、そんな…」
「嘘じゃないよ…これ見て」
ローの言葉が信じられなくて目を見開けば、輸血パックが目の前にずい、と差し出される。真ん中に貼ってあった白いシールに、昨日の日付と、おれの丸い字とは違う流暢な筆記体の文字。
Donquixote Doflamingo.
「…じゃあ、この血、あに、うえの」
「血液型が同じだから大丈夫だろうって、おれに任せるって言ったんだ…よかった、本当に…」
くしゃ、と泣き笑いの表情になったローに礼を言って、さっきより動くようになった身体をいい事にローの頭をなでた。白い帽子も埃にまみれてしまった。きっとおれの顔も埃まみれなんだろう。だから、涙が通った一筋だけ今は綺麗になっているはずだ。針が刺さっていない方の腕を、顔を隠すようにその上に置いた。
ドフラミンゴは、兄上は、化け物なんかじゃないかもしれない。おれがそう思い込んでいただけで、兄上はずっと昔から、ずっと兄上だったのかもしれない。だったらおれはあの人を傷付けた。こんなに優しいあの人を傷付けた。
(おれの家族は、お前たちだけだ)
ファミリーを全員並べてそう言った兄上はどんな顔をしていただろう。おれのドジに呆れたように溜め息をついた兄上はどんな顔をしていただろう。ローやベビー5の頭を撫でた兄上は、ヴェルゴの支離滅裂な発言に笑い声を上げた兄上は。おれにピストルを向けた兄上はどんな顔をしていただろう。ふとした瞬間に、おれを役職名じゃなく本名で呼ぶときの、兄上の顔は。
(…ロシナンテ)
「コラさん、ドフラミンゴから伝言があるんだ」
サングラスで隠れていたから、じゃない。おれが勝手に見ないようにしていたのだ。事実だけを並べて、兄上が何を考えているかなんて、知ろうともしなかった。
「愛してる、さよなら、って」
あんなに優しい人のことを、見ようともしていなかった。
匿名様、リクエストありがとうございました!
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