企画


昼時のファストフード店は回転が早い。忙しなく動きまわる客と店員を視界の端に映してずず、とバニラシェイクを啜りながら、黒子テツヤは目の前の疲弊した様子の色黒な男を見上げた。男、青峰大輝は萎れた植物のように大きな身体をくたりと猫背にして好物のテリヤキバーガーを咀嚼していた。

「それで」

黒子がバニラシェイクのストローから口を離して話を切り出すと、青峰はその先を察したように会話を繋げた。今日黒子は青峰に呼び出されて部活終わりにここに来たのだ。普段は珍しい誘いに加えて「相談がある」とまで言われた。これは何もなかったという方がおかしい。

「あぁ、相談ってのは名前サンの事だ」

「名字さんですか?君達は円満な方だと思っていましたが…」

「まあ、そうっちゃそうなんだけどよ…」

「煮え切りませんね、惚気なら帰りますよ」

「いやちげぇよ」

なんて言やいーんだ、青峰がガシガシと青い髪を掻き乱し、切羽詰まったように言う。珍しい様子にどうやら相談というのも本当らしい。青峰に奢らせたバニラシェイクをズゴゴゴ、と吸い込みながら思案して聞く体勢に入った。

「なんつーか、円満過ぎっつーか、度が過ぎるっつーか」

「帰ります」

「テツ!ってめ!待て待て待て待て今聞く体勢だっただろ!」

「勘の良い餓鬼は嫌いですよ」

「こっからだから!大事なのこっからだかんな!」

「…仕方ないですね」

五センチばかり浮かせた腰をソファ席に戻す。いつミスディレクションで姿を消すかずっと見計らっていてやろう、と真顔で企んだのは、恐らく悟られていない。

名字名前というのは、大手スポーツ用品店に勤める年上の女性だ。仕事柄各校のバスケットボール部に顔を出す事が多く、青峰の何処が気に入ったのかよく構っており、そこから青峰の告白を経て晴れて恋人同士になった。青峰の傍若無人な性格を年上らしい深い懐と贔屓目でカバーする忍耐力のある女性、といった印象だったが、その彼女と青峰の間にどういった問題があったのだろう。名字名前の姿を頭に思い浮かべ、それからもしかしたら、と口を開いた。

「…悩める青峰君に助言ですが、女性の胸というのは一朝一夕で膨張するものではないらしいですよ、その辺りは長い目で…」

「誰がおっぱいの話をした!!」

そうじゃねぇんだよ!と今にもテーブルをグーで殴りそうな青峰に、黒子が押し黙る。青峰の悩みというのは名字の十人並みの胸のサイズのことだろうと推察したのだが違ったらしい。

「相談ってのはあいつの金の使い方についてだ」

「…自分で働いているんですから、そこはいいのでは…?」

「俺も最初はそう思ったんだけど、これ見ろよテツ」

そう溜め息を吐きながら青峰が、自分のシューズケースをテーブルの上に乗せる。テーブルの上にそんなものを置くんじゃありません、と怒ってやろうと思ってその顔を見た黒子は、複雑そうな表情な青峰に、今回ばかりは許してやることにして視線を下げてシューズケースを開けた。そしてその中から現れたものに目を見張る。

「…ジョーダンの新作、今季のやつですね」

「ちなみに、今年出たやつは全部持ってる」

話の流れから、どこか不本意そうに言った青峰の言葉に、話の概要を察する。しかし、それは、余りにも。

「…まさかそれ、名字さんに全部買わせてるってことですか」

「買わせてるんじゃねぇ、毎回、サプライズで、最新作を買ってきやがる」

「…何と言うか、愛されていますね」

憔悴した様子で大切な要素を強調して話す青峰に黒子は完全に相談の内容を悟った。つまり、名字の貢ぎ癖と言うか、過剰な物的愛情表現の話だろう。なるほど外側からは分からない悩みである。

バスケットシューズというのは、最新のモデルならば諭吉二人が財布や口座から去り行くこともある。それが新作が出る度に、となると大した金額になるし、受け取る方も気が引けるというものだ。青峰の相談の仕方は惚気紛いのものですこぶる気に食わないが名字の財政も大変なのではないだろうか、という考えから、黒子も少し注意力が散漫になっていた。

「あれ?大輝くんと黒子くん?」

だから、この愉快な女の登場に、気が付かなかったのだ。

「…名字さん、奇遇ですね」

「ゲッ、名前サン…!」

「えっ、なに、ゲッてなにつらい」

スパァン、と目にも止まらぬ速さで青峰のシューズケースを椅子にイグナイトパスして、黒子は何食わぬ風を装って名字に挨拶をした。久し振り!と笑みを浮かべる目の前の女性はやはり分別のある大人、にしか見えない。

「何でここにいんだよ名前サン、仕事じゃねーの?」

「ん?今日は午前上がりの営業で直帰!久し振りにジャンキーな物が食べたくて」

「肉取れなくなんぞ」

「…アッ、刺さる、大輝くん辛辣…」

ぐすん、と泣き真似をする名前は次の瞬間にはそうだ、と視線をテーブルに移す。サッとバッグから財布を出すさまは、言っては何だが手慣れているようにも見えた。

「照り焼きバーガーと、バニラシェイクで良いんだっけ?」

うふ、とハートを散らした名字に、黒子は思わず青峰と顔を見合わせることになった。これだ、と目で語る青峰にそっと首を横に振る。相談の返答も、これで決まってしまった。

「青峰くん…」

その黒子の一言に、場は騒然とする。後に残るのはテーブルに肘を付いたまま指を額の前で組んで途方に暮れる青峰と、なんだか状況が理解出来ないで首を傾げる名字が残り、もう一杯のバニラシェイクを確保した黒子はずぞ、と残り僅かなそれを啜った。



なおちゃん様、リクエストありがとうございました!




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