企画


おれとコラソンとでは、八十センチメートルの身長差がある。勿論コラソンの方が身長は高い。そんなおれでも二メートルはあるのだから及第点だと思うが、隣に並んで歩く分にはやはりコラソンとしては気になるらしい。そして、その体格差によって困ったことが一つある。おれにとってはこの身長差で困ることはその一つだけなのだが。ついさっきその問題が火を噴いたところだ。

「いっ!てて…」

頭の傷に消毒液に浸された脱脂綿がぐり、と押し当てられた。消毒液が傷に染みたのと、ザラザラした脱脂綿の表面で傷口が抉られたのだ。おれの反応に目の前の大男が驚いたように傷口から脱脂綿を遠ざけた。おれも男、コラソンの近くにあった消毒液のボトルを遠ざけて苦笑する。医務室にはいろいろと危険な道具も多い。

コラソンはおれが思いつく限りのドジを引き起こすのだから予防は無駄ではない。つ、と目の上にまで復活した血液が垂れてきて、思わず瞼を閉じた。片目分の視界の中でサングラスをしたままのコラソンがわたわたと赤く染まった脱脂綿を持って慌てていて、苦笑する。

「大丈夫だ、そんなに慌てるな」

『ごめん』

「痛くない、ちょっと擦り剥いただけさ」

謝罪を書いた紙を手に持ってしょぼん、と肩を落としたコラソンに微笑んで、上半身を寄せて赤い唇に指を添える。促す様に一度頷けば、コラソンは落胆した様子のまま一度指を鳴らした。透明な壁が部屋の一部分に広がる。

「そんなに落ち込むなよ…おれは丈夫だし、気にすることはない」

「いや、またお前をおれのドジに巻き込んじまって…何て言や良いか…」

「いいさ、お前に怪我がなくてよかったよ、コラソン」

「…ごめんな、名前」

瞼の上を、恐らく赤いだろう液体が滑るのを見て、コラソンが脱脂綿を畳みなおして伝った血を拭った。今度は傷口には触れない。視線を妨げるサングラスに手を掛けて外せば、落胆した様子の赤い目とかち合った。

この傷は階段を踏み外したコラソンの腕を引いて支えようとしたら、自らも足場が確保出来ずに引っ張られて落ちて出来たものだ。元々危ないからと手を繋いで歩いていたのだが、言ってしまえばそれも災いした。

恋人としては助けてやるつもりで手をつないでいたのに間抜け極まりないのだが、体格差に釣られてズルズルと階段の下の方まで転げ落ちてしまった。慣れたものでコラソンはなんとか受け身を取れたのだが、階段から転げ落ちた事などなかったおれはダイレクトにダメージを受けてしまった。それでこの怪我だ。コラソンがぐ、と眉間に皺を寄せた。

「毎回守って貰って、巻き込んで怪我させて、本当に申し訳ねぇ…」

しゅん、と大きな身体を小さく見える程に落胆してコラソンがもう一度謝る。読唇術をしているようにコラソンが話している間は唇に視線をやる。これならいつ医務室に誰か入ってきても読唇術で会話をしていたと言えるからだ。

「そんなに落ち込むなって、いいんだ、階段から落ちるなんて中々体験出来ないだろう?」

「お前なら体験しないで生きて行けただろうな…」

「…まあ、そうかもな」

返す言葉もない。思わずそう答えれば、うう、とコラソンが更に身体を縮こめる。確かにおれは毎回律儀に紅茶を噴き出したり何もないところで転んだりタバコを吸うたびにコートを燃やしたりする性質は持っていないのでよっぽど落ちたくなければ階段から落ちて怪我をする、なんてことはそうそうないだろう。

「…おれが、もう少し小さければ…」

「いやいや、小さくてもお前のドジは治らんだろう」

ふふ、と思わず笑みが溢れる。コラソンはそれには、そうじゃない、と不服そうに唇を尖らせた。

「もう少し小さければ、名前がもし助けてくれても引き摺られる事もない、だろ?」

そう言って申し訳無さそうに上目遣いで様子を伺ってくるコラソンに、血を拭われ開けるようになった両の目を丸くする。思いもよらない言葉が出てきて思わず言葉を失ってから、ぺしん、と赤いフードを叩いた。いてっ、と小さく驚いたような声がする。

「ばあか、お前はそのままでいいんだよ」

「で、でも…」

ちゅう、無理な事を言う唇は唇で塞ぐに限る。驚いたコラソンが丸椅子から転げ落ちそうになるのに身を任せてそのまま床に引き倒した。うわ!と悲鳴を上げるコラソンが腰を打たないように上手く押し倒す格好にする。

「お、驚いた…何するんだ!」

呆然としたコラソンがおれに食って掛かるのに、悪びれずに言い返す。

「押し倒せば身長差なんて関係無いだろう?」

「んなっ…!?」

ほら、八十センチも高いはずのお前の額にもキスが出来る。そうほざいて金色の前髪を少しだけ掻き分けてそこにも唇を落とせば、コラソンの頬がじわり、と血のように赤く染まった。

そう、血のように。

「あ、ああ!おい名前!また傷が開いてる!」

ぽたり。コラソンの頬におれの額から垂れた血が落ちる。がばっ、と身体を起こされて近くの棚から取った脱脂綿で流れる血を拭われた。子供のように脇の下に手を入れられて持ち上げられ、丸椅子に座らされる。その流れ作業に、思わず頭を抱えたくなった。なるほど、確かに体格差も困りものである。必死で包帯を探すコラソンを横目で見て、少しだけ残念な気分になった。



いちい様、リクエストありがとうございました!




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