企画


「…どういうつもりだ」

名前は深い黒曜石の瞳でじっと自分に覆い被さる人物、ククールを見上げた。重力に従って垂れる銀色の髪、その隙間から油断無くこちらを見下ろす碧い瞳、何の感情も浮かべていなかった唇が、ゆっくりと開かれた。

「あんた、気に入らねぇんだよ」

「それでどうしてこうなる」

俗に言う押し倒される、体勢の事である。右手はククールの左手で指先に血が回らない程きつく捕まれて顔の横に固定されていて、太股の上に彼が座っているので脚も動かない。背中は宿屋の固いベッド、逃げ場は全て塞がれてしまっていた。
気に入らない、その言葉を言われたのは初めてだが、自分と初対面、若しくは関係の浅い者は一度はそう思っていると名前は確信していた。ヤンガスは最初から盲信的に兄貴と慕ってくれていたが、仲間になる前の一瞬は完全に敵視していた。ゼシカは一緒に行動し初めてその寄り道の多さにうんざりしていたようだったし、魔法使いの卵である彼女は余り魔法を使うなと指示を出される事を嫌った。思い出して、そんなこともあったな、と意識が遠くなる。
ククールは名前の質問に少し間を置いて淡々と答える。

「オレにはオレのやり方があんの、こんなに行動を規制される筋合いはねーよ」

ククールには夜の勝手な外出を控えるように言った。もっとも、昼はずっと魔物と戦い通しなので自由に出来る時間は少ない。名前の狙いはククールが夜に遊び歩いて次の日、グロッキーになるのを防ぐ事だった。
だが、彼にはそれが窮屈に感じたのだろう。

「他の皆は大丈夫だがお前に至っては規制せざるを得ないだろう、放っておいたら遊び歩くんだから」

「何だよその言い方、あんたにオレの何が分かってんの」

「少なくとも自重が足りない事位は分かってるつもりだ」

ぎり、と音がする位にククールの目が引き絞られた。そうだ、言いたい事があるなら溜めずに言えば良い。

「オレだって餓鬼じゃない、自己管理だって出来る」

ククールは弱いわけではなかった。だが環境の変化に適応できないのか事実ゼシカよりも繊細で、一度酷く体調を崩して寝込んだ事もある。もちろん旅は一時中断だった。今までドニの村と修道院のみで生活していたのだ、無理もない。

「別に年下のあんたにとやかく口出しされなくたって上手くやれるさ」

「年上だったら良いのか」

「っ…、そういう事を言ってるんじゃないって事位は分かるだろ」

「すまない、分からなかった」

「それが気に入らないんだよ、いちいち神経逆撫でされて…!」

段々とククールの声が大きくなっている。今まで随分とストレスが溜まっていた筈で、段々とそれが吐き出されていくのだ。

「気に障ったのなら謝る」

「謝ったって直す気はないんだろ」

「ない」

「じゃあ意味がないね」

「なら言わせてもらうが、お前の機嫌第一に旅をしたって、ドルマゲスなんか倒せない」

「その言い方…凄ぇイライラする」

「あぁ、イライラさせてるからな」

それは少し語弊がある。今はククールの本音を少しでも多く聞き出すのと、ストレスを発散させるのが目的である。だが如何せん言い方が悪かったらしく、ククールの柳眉が釣り上がる。そして彼の左手に更にギュッと力が入り、名前は右手首の痛みに僅かに顔を顰める事になった。

「あんた、ふざけてんのか!?」

「ふざけてるように、見えるか」

その台詞はふざけているように聞こえる。だがククールは、圧倒的不利な状況なはずの名前の、その貫かんばかりの真剣な視線に言葉を詰まらせた。間があって、自分が言い負かされたと思わず舌打ちをしたククールは名前の上から渋々と言った様子で退き、大袈裟にベッドから飛び降りて、荒い動作で部屋を飛び出しだ。

「っ、クソ…っ!」

忌々しい、と宿屋も飛び出して、ククールは宿屋の裏にあった切り株に苛々と座り込んだ。細い髪をくしゃ、と掻き乱し、もう一度舌打ちをする。自分だってもう子供ではない。行動を制限されるのは修道院を飛び出したこの身には、もういらない事ではないのか。うがあ、と大声を出したくなったが、後ろから掛かった声に思わずそれも留めた。

「あら、ククールじゃない」

「……おや、ハニー」

「燃やすわよ」

ゼシカの凛とした声が耳に入り、イライラとした感情を閉じ込めて後ろを振り返れば、想像通りの彼女の姿があった。目があってすぐに、ゼシカははあ、と溜め息をつく。

「名前ね」

「今はその名前はやめてくれるかい?」

「夜遊びの制限?」

「…よくお分かりで」

事情を察しているらしいゼシカは、はあ、とまたひとつ溜め息をつく。それがなんとなく自分を責めているような雰囲気に感じで、ククールは居心地が悪くなった。

「私は魔法」

「え?」

面食らったように声を上げたククールに、ゼシカは苦笑する。制限を言い渡されたのが自分だけだと思っていたククールは、面食らったような表情になった。

「今になれば前の話だけど、寄り道はレベル上げや宝箱捜索、魔法の使用の制限は魔力の激しい消費とそれによるガス欠を防ぐのを防ぎたかった、らしいわ」

「は?」

突然つらつらと文面を並べられて、ククールは首を傾げる。これは名前から聞いたことなんだけど、とゼシカは付け足した。

「考えなしに手当り次第縛り付けてる訳じゃないわ、私達のことを考えてよ、名前は仲間思いだけど、それを表現するのがヘタクソなの」

ゼシカは、ふふ、と苦笑して、珍しくククールの肩に優しく手を置く。ククールも、何だかもう、ささくれ立った気分は収まったような気がした。じゃあね、と一度肩を叩いてから、彼女は宿屋の表の方に歩いて行った。自分も暫くしたら部屋に戻って名前と他愛のない話でもしてやろうか、とまだ暗い空を見上げた。

「ゼシカ!」

と、宿屋の表から夜中にも関わらず大声が響いた。聞き覚えのある声に、先ほど自分の心を均していった呆れたような声が答えた。

「何よ名前、近所迷惑よ」

「ククールが、居ないんだ!酒場も教会も町の外も探した、もしこの時間にあいつ一人で外に出たりしたら…!」

「…あ、そう」

「っ、なんだその反応は!見かけたら教えてくれ、もう一回探してくる!」

反応の薄いゼシカを糾弾するような言い方をした名前の声が足音と共に遠退いていく。建物を挟んだ位置で頭を抱えるさがされものに、理不尽にも声を荒げられたゼシカは、横目で宿屋の裏側を一瞥して声を掛けてその場を後にした。

「…早く部屋に帰ってあげる事ね」




慧様、リクエストありがとうございました!




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