ガーディは知っている

彼が秘密にしたいこと
香ばしい匂いがガーディの鼻を擽った。ひくひく、と何処よりも先に鼻が動いて、ガーディは目を覚ます。音がするほどすっきりと開いた瞼に写ったのは、テーブルの下に伸びる長い褐色だった。キバナの脚だ。そう認識した瞬間、尻尾がぱた、と反対側に振られた。その動きに反応して、ダイニングテーブルの一席についていたキバナがガーディの方に顔を向ける。

微笑ましげに細められた目は、しかしまだ何処となく眠そうだ。優しげに垂れた目元はいつもの事だが、昨日訪ねてきたときより瞼が重そうな印象がある。それはそうだ、昨日の夜、キバナとアセビはガーディが寝るまで寝室で会話をしていたらしかったから。

既に朝食を食べ終えて、ボールから出たままのフライゴンが部屋に転がったボールをちょい、と手で転がす。その大きさの翼で羽撃かれたら、風圧で家具やなんやらが飛んでしまうだろう。静かに遊んでいる彼もガーディと同じく「賢いな」と褒められる部類だ。

キバナが欠伸をするガーディを眺めながら、優しく笑って頬杖をつく。彼が着ている服はアセビがキバナの為に用意した大判のパジャマだった。けれどガーディからよく見える下半身はズボンを履いておらず、上着の隙間から黒のボクサーパンツが覗いていた。珍しい、いつもはズボンを履いているのに。そう首を傾げたガーディに、キバナは目を閉じて笑った。

「やっと起きたな」

「わんっ!」

おはよう、キバナ。そう返してクッションから立ち上がる。彼等の朝食はトーストだったようだ、そんな香りがする。ぶるぶる、と頭をドリルのように振って目を覚ますと、高い所から控えめな笑い声が落ちてきた。キバナは案外小さく笑うことが多い。

「ガーディ、おはよう」

コン、とポケモンフードの入れ物がガーディの前に置かれる。その更にちょこんと盛られた俵型の食べ物に、ガーディの口にじゅわ、と一瞬でよだれが溢れた。アセビだ。否、これはポケモンフードだけれど、と皿を持ってきた人物を上目遣いで見遣れば、やはり飼い主だった。召し上がれ、と甘やかな声で言われて、ガーディは遠慮なく皿に顔を突っ込んだ。

「おそようだろ」

「それは俺達もだろ」

アセビがキバナを見上げて言う。朝食を貪るガーディの目に、キバナの長い足がするりと組まれたのが見えた。

「そりゃいつものこと、ガーディはいつももっと早いじゃん」

な、とガーディを見下ろすキバナ。数日間絶食したような勢いでポケモンフードを平らげたガーディは、キバナの問いかけに一つ吠えて返事をした。確かに、ガーディはいつも寝坊助なこの二人を起こして朝飯を強請るのがルーティンになっている。アセビも元々生活が乱れている方なので、一緒に暮らしているガーディがしっかりしなければならないのだ。

アセビがキバナの前と自分の席にそれぞれカップを置く。苦そうな匂いがふわっと舞ったので、恐らく中身はコーヒーだ。ありがと、と口をつけたキバナが一口含んでカップをテーブルに戻すまでの一連の動作を眺めて、アセビは自分の椅子を引きながら少しだけ声を潜めて言った。

「…俺が水取りに行ったとき、こいつまだ起きてたよ」

「…は!?」

ガタッ、と椅子が揺れる。大袈裟なキバナの反応を尻目に、ガーディはアセビの椅子の背後にある水入れに足を進めた。本当は先に水を飲んでからポケモンフードを食べるのが常だが、目の前に出されてついついがっついてしまった。どことなくいつもと味が違かったような気がするので、もしかしたらキバナが昨日買ってきたものかもしれない。

目を丸くしたキバナが、ガーディの方を見遣る。ガーディが口の周りの食べかすをぺろりと舌で拭うと、キバナはひぇっと変な声を上げて顔を赤らめた。何だというんだ。

「…が、ガーディ…!」

ぺちぺち、と水入れに顔を近付けて、水を舐めながら飲む。ガタガタ、と後ろ音がしたので振り返ると、キバナがテーブルに寄りかかって呻いていた。何を慌てているのか、それとも怪我でもしているのだろうか。水を飲むのをやめてキバナに近付いて観察をするが、目立った外傷はないようだった。

「わ、うん…?」

大丈夫か、とキバナに声を掛ける。アセビも「お、おい、キバナ」と気遣わしげに彼を呼んだ。が、肝心のキバナはというと、ガバッとガーディに向かってしゃがみこんで、鬼気迫る顔で顔をのぞき込んできた。

「ガーディ、いいか、ジュラルドン達には昨日のこと内緒な、絶対」

「お前ね…」

あまりにも必死な様相に、アセビが呆れて眉間に手を当てる。昨日のこと。恐らくアセビとキバナが、ポケモンたちが寝静まった夜中に二人でしていたことに関して、だろう。なんだ、隠していてほしいのか。別にわざわざ誰かに話す気も無かったが。

ガーディは首を傾げながら、ペットシーツを粘液でびしゃびしゃにして、その上でごろんと転がっているヌメルゴンを横目で見る。ああ、うん、大丈夫だろう、少なくともあいつは気が付いていない。それ以前に何を隠す必要があるというのだろう。ガーディにはさっぱり分からないけれど、必死な顔のキバナが少し気の毒だったので一つ「わん!」と元気よく返事をしておいた。









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