ガーディは知っている

飼い主は面倒くさい
アセビの家の庭は広い。小説家としてペン一本でこの一軒家を建てたアセビは、その広々とした庭でガーディと遊ぶのを息抜きとしていた。余りボールに入ることのないガーディが一匹で庭で遊ぶこともあった。そしてキバナが来たときが、この庭が最も賑わうときだ。

しゃりん、とやすらぎの鈴の見た目をしたボールが草の上で弾む。高い位置でバウンドしたボールを駆け足で追い掛けるのは、最近キバナが卵から返したヌメラだった。家に近い位置で洗濯物を干すアセビの足元で寝転んでいるガーディは、その驚くほど遅い大激走をじっと見守った。

「やべっ!悪いヌメラ、遠くに投げ過ぎた…!」

「ヌメーー!」

ヌメラの悲痛な叫びが聞こえる。目を閉じてそのプリンのような全身で必死に進んでいる努力は認めるが、その足取り、否、そもそも足がないのだ。

少し遅い朝飯を終え、足腰に違和感があるらしいキバナは庭に椅子を出してポケモンたちと遊んでいた。アセビはというと、皿を洗って掃除をして、今は手持ちと戯れるキバナを横目に洗濯を取り込んでいる所だった。

初めはガーディとポケじゃらしで遊んでいたキバナだったが、それを羨んだ彼のポケモンたちが続々とボールから出て来て彼にまとわり付いた。普段仕事仕事で思い切り遊ぶ事もできないポケモンたちのお強請りに、キバナは満更でもなさそうにボールを手に取ったのだった。

余談だが、何故キバナがガーディと遊んでいたかというと「ご家族の好感度は稼いどくに限るだろ」らしい。とはいえガーディは別にアセビとキバナの恋路を邪魔しようなんて気は更々ない。人聞きの悪いことだ。

しゃりん、とまた一つ鈴ボールが芝を転がる。そのボールが、ゆったりと日光浴をしていたジュラルドンの足にぽよん、と当たって跳ね返った。ヌメラがボールを追い掛ける様を暖かく見守っていたヌメルゴンと、もちろん一部始終を知るガーディにも戦慄が走る。

「…ぬ、…ヌメ…!」

ボールを投げた張本人のキバナですら、気の毒なほどに遅いドラゴンタイプ最弱ポケモンの激走を見て手に汗を握っているようだ。よくぞそこまで進んだ。けれどもう大分体力も削れているだろう。途中で諦めてしまわないか、ヌメラにとって悲しい失敗の体験になってしまうなんてことがあったら、とかいう気持ちが伝わってくる。

ボールの存在に気が付いて、それから目を瞑って必死に走るヌメラを見て、ジュラルドンは状況を理解したようだった。よもやそれを横から取るようなことはしまい。ガーディのその予想に反さず、ジュラルドンは大きなハンマーのような腕でボールを傷付けないようにぽん、と優しく送り出すように押した。

「ヌッ!?」

ぽよん、とボールがヌメラの顔に柔らかく衝突する。目を白黒させるヌメラが目を開けると、勿論やすらぎの鈴を模したボールが目の前にある訳で。やっと辿り着いた、と目を輝かせたヌメラは、いそいそとボールの背中側に回り込んで、ぽん、とキバナ向かってにボールを押した。

「ヌメラ〜!」

転がってきたボールを拾って、耐え兼ねたキバナが遂にヌメラに向かって走った。誇らしげに背伸びをするヌメラにコータスも目尻を下げて笑う。ぽすぽすとヌメラの頭を撫でながら、キバナはジュラルドンとふにゃりと笑い合った。子供は褒めて伸ばすものだ。そういえばガーディも、あんなふうにすぐ近くのボールを必死になって追いかけたことがあった。

「あっ」

と、ガーディと一緒にその様子を眺めていたアセビが声を上げる。声につられてそっちを見やれば、乾いたタオルが風に煽られてふわっと空に舞い上がった所だった。咄嗟に取りに走ろうと腰を上げたガーディが一歩踏み出す前に、押し戻すように反対から風が拭いた。

「ありがとう、フライゴン」

ぱし、とアセビがタオルを捕まえて、その風を起こした主に微笑んだ。お安い御用だ、とでも言うようにくる、と空中で一回転したフライゴンは、アセビが差し出した手にねだるように顔を擦り付けた。くく、と喉の奥で笑ったアセビが、少しばかり思案したように押し黙る。その表情を見てろくなことじゃないな、とガーディの予想した通り、アセビは少しばかり背伸びをしてフライゴンの額に自分の額を合わせた。

「…なぁ、キバナに「愛してる」って伝えてくれる?」

「…!!」

フライゴンだけに聞えれば、と思っているのだろう。そのくらいの小さな声を、ガーディの耳は拾った。少し恥ずかしそうに言ったアセビにフライゴンは目を輝かせ、任せておけと言いたげに一つ鳴いてまだヌメラと戯れているキバナに向かって羽撃いていった。

「うわっ、どうした、フライゴン?」

「ふりゃ、ふらあ!」

「重っ!何だ?お前も遊んでほしいのか?」

どさっ、とフライゴンがキバナに後ろから覆い被さる。すりすりと頬擦りしたり、ぎゅうっと抱き着いたりしているが、生憎アセビの「あいしてる」はキバナには伝わっていないようだ。

「…がぅ」

「…なに?」

ポケモンは人間の言葉が分かるが、人間はポケモンの言葉が分からないのは常。そりゃあ勿論表情や動きで伝わるものは伝わるが、流石に伝言は無理である。じ、と白い目を向けるガーディに、アセビはすっとぼけて返事をした。直接言えばいいのに、面倒な男だ。何でもないと意思表示をするため、ガーディは一つあくびをしてまたその場に伏せた。








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