責任逃れは許さない


ロッカの家に戻ってきてソファに座らされた。さすがにアーマーガアタクシーで吐瀉物を撒き散らされるのは困るからと乗車拒否されて、なんとおれさまは公共機関で家に帰れなかった。正直言うとそこまで酔っちゃいない。ただ、このブローチが恐らくロッカの家の紋章だと知って、意図せぬ所有印に動揺しただけだ。

「なぁロッカ、これ紋章なんだってさ」

つん、とかわいいヌメイルを指先で弄ぶ。見れば見るほど可愛く思えてきて、そういやうちのヌメルゴンも今も昔もずっとかわいいなと思い直した。ロッカは帰りがけに買ってきたビニール袋からおいしい水を取り出しておれさまの手に握らせた。

「あぁ、それ、うちの紋章」

あっけらかん、と求めていた答えが即レスで返ってくる。へぇ〜、とニッコリ笑って水を煽った。やっぱりロッカの家の紋章か、そうか。そこまでのんきに考えて、はたと思い立って水をローテーブルに叩きつけるように置いてしまった。

「…は?お前知っててこれ付けたのか!?」

「何か問題あった?」

「お、オマエ〜!オマエオマエ〜!」

何食わぬ顔どころか、本当に疑問です、と怪訝そうにしているロッカに、動悸が止まらない。知ってて付けたのか、あんな公共の場に行くのに?えぇ、正気かよ、えぇ。問題ありまくりだよ殺す気か。とりあえず水をガバガバと半分ほど飲んでもう一度テーブルに戻す。冷たさにきんとした頭にそっと手を添えて、そのままロッカに問い質すように言った。

「じゃあなに、おれさま、知らないうちにロッカのものですって宣言しながら歩き回ってたって事かよ…」

信じらんねぇ、とぼやいたおれさまに、ロッカが一つ笑った。顔を上げるとどことなく申し訳なさそうに笑っている。顔の通り「ごめん、」と謝ったロッカに罪悪感が湧いた。違うんだ、本当に嫌だった訳じゃなくて、そう返そうとしたけれど、カーペットの模様を見ながら気落ちしたように笑ったロッカのほうが早い。

「大丈夫、もう昔ながらの紳士が見たって誰の紋章かなんて、わからな、」

その言葉を聞いた瞬間に、気付いたら立ち上がっていた。がぶ、とロッカの言葉ごと唇に噛み付く。おれさまの重みと勢いに負けて、ん゛〜!?と呻きながら海老反りになっていくロッカに、キテルグマみたいにぎゅうっと抱き付きながらたっぷりキスをお見舞いした。二十秒ほど好き勝手やって離れると、驚いて目を真ん丸にしたロッカが口の周りを唾液で光らせていた。はぁ、と息を整えて、ロッカの目をまっすぐと射抜く。

「…こういうときは、そうだって言えよ」

思った以上に声が掠れてしまって、自分で驚く。自分でどんな顔をしているかは分からないが、おれさまの顔をじ、と見つめたロッカがふ、と艶っぽく笑ったのを見て、ずんと腰が重くなった。

「…興奮した?」

きゅうん、と喉がおかしな音を立てる。眉尻を下げて笑ったロッカがワックスで固められたおれさまの頭を撫でた。それが耳に下がってきて、ぴくりと反応してしまう。まっすぐおれさまの様子を見つめているロッカに、酒以上の夢見心地が身体の底から湧き上がるように訪れた。

「すっげぇ、したぁ…っ」

ちくしょういい性格してやがる。誰が手頃な優良物件だ、おれさまの彼氏だよこいつは。高嶺も高嶺。

「…ふ…っ」

今度はロッカに後頭部を掴まれて、ロッカの唇とおれさまの唇の間で、吐息が潰される。ぞくぞく、と身体中を震えが走った。かくん、と膝が折れてひとりソファに逆戻りしてしまったおれさまを真ん中に閉じ込めるようにロッカの腕がソファを掴む。ロッカが煩わしそうに自分のネクタイのノットに手を掛けたのを見て、なけなしの理性が首を横に振った。

「あ…だめ、ロッカ…、スーツが…っ!」

このままソファでもみくちゃになると、スーツが大変な事になる。おれさまのスーツはそれなりの値段だ。一応パーティに着ていくものだ、何着も買えるものではない。加えて、おれさまはサイズがないのでオーダーメイドの特別料金。ぴた、とロッカの手が止まった。ロッカのほうだって一張羅だ。忌々しげに歯をむいたロッカが、そっとおれさまの上から退いた。

「くそ…スーツはまずい」

「まずいだろ」

あまりに残念そうなロッカに笑いが込み上げる。ちゅ、と一つ額に唇を落とされて、ふふ、と笑い声が漏れてしまった。なんだ、ロッカ、思ったよりおれさまのこと好きじゃん。そのままへらへら笑っていると、ロッカの腕が甲斐甲斐しくおれさまからジャケットを剥ぎ取った。ちゃんとハンガー掛けてくれよ、なんて言えば、無言で手に水のペットボトルを握らされた。なんだよ、おれさま、酔ってねぇったら。






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