責任逃れは許さない


「…?」

バスルームから身体を拭きながら出てきたロッカが、自分の着替えを一瞥して首を傾げる。勝手知ったるキバナの家、とでも言おうか、キバナの家にはロッカの着替えも一通り置いてある。と言うか、キバナがロッカの為に買ったものを家に常備している、と言う方が正しい。今日もそれを借りて(もうオマエのもんだ、とキバナは言うが)余り着慣れないスウェットと下着をそこに置いたはずだったが。

脱衣所に鎮座するのは、一枚の真新しいボクサーパンツ。瞬きをして、全裸のロッカはそれを掲げてまじまじと眺めた。

紺色をベースに、橙色の線が走っている。よぉく見覚えのあるそれは、恋人であるキバナのいわば制服と同じデザイン。バトルの際に着用するドラゴンジムのユニフォーム、そのズボンのデザインと同じものだった。キャラものみたいなことだろうか、と首を傾げる。ジムに足を運ぶことはあるが、こういったグッズが売っているのかどうか、そういった情報には疎い。

思わずきょろきょろと周りを見渡すが、恐らく犯人であるキバナがロッカの反応を覗き見ている気配もないし、カメラがセットされている様子もない。まあ、そもそも全裸なのだから撮影されたら困るのだが。とにかくこれを履いてリビングに行かないことには始まらないらしい。ロッカは苦笑して、その見慣れた色合いのパンツに足を突っ込んだ。







「お、履いたな」

ポケモンたちに食事を与えていたキバナが、リビングの扉が開く音に振り返る。入るなりそう言われてにやりと笑われたので、やはり思惑通りだったらしい。周りを見てもロッカのもののはずの部屋着は見当たらなかった。そうやすやすとは返してくれないらしい。肩を竦めた下着一枚のロッカは、それで、とキバナの顔を半眼で見つめた。

「これ、どういうこと?」

なんとも言えない複雑な顔である。その表情には勿論理由があった。ロッカが履いたその下着の、ちょうど前側の真ん中、有り体に言えば股間部分に金色で、ドラゴンの顔を模したキバナのサインが書いてあるのだ。履くまで全く気が付かず、髪を乾かそうと鏡を見た瞬間にその文字がロッカの視界に写り込んでドライヤーを取り落としかけた。なんの冗談かと思った。

振り返ったままの体勢でキバナがぷ、と吹き出す。不思議そうな顔をしてその傍らにいたフライゴンが飛び去って行った。自分が着ていたドラゴンを模したパーカーを脱ぎながらロッカに近寄ったキバナは、その裸の肩にパーカーを引っ掛けるようにして被せる。正面からく、と引っ張られて、しっかりとそれがロッカの肩に掛かった。すぐ近くに立った彼の顔をロッカが見上げて、それに応えるようにキバナが口を開いた。

「プレゼントだよ、キバナさまモデルの新しいやつ」

ちゅ、と唇同士がくっついて離れる。やけにご機嫌なキバナに苦笑しながら、ロッカがパーカーに袖を通して、チャックを閉めようとして、やめた。そうしたら閉まったジッパーが身体の前面に触れて冷たい思いをするだろう。キバナは満足げな顔をしながらボクサーパンツを確認するように、正面から片手でロッカの腰骨に触れた。それからあからさまにロッカの股間部分に視線を向ける。

「そんでもって世界に一つの直筆サイン入りだ、フフ…布用のペンだから洗っても落ちないぜ?」

「よりによってここに書かないでくれよ…」

愉快そうに笑うキバナに、ロッカは目元を隠すように手を当てた。無遠慮にそこに注がれる視線に居た堪れない気持ちになっていると、キバナの片方の腕がロッカの首にするりと回って、もう片方の手が人差し指の外側で金色のサインを確認するように撫で上げる。

「なぁんで?自分のものには名前書くよな?」

ちゅ、とキバナの唇がロッカの額や頬に落とされる。すり、と頬擦りまでされたロッカが制止するようにキバナの頭を撫でた。

「…こら、キバナ」

「おれさまの、ロッカ」

ぽつり、と耳元で囁かれた、甘やかな声。キバナの筋張った指が、パンツの上からロッカの陰茎をかり、と悪戯に引っ掻く。一瞬息を詰まらせたロッカに目を細めて笑ったキバナが、じ、と冷たく熱いアクアマリンの瞳でロッカを見下ろした。

「これ、おれさまのだろ、ロッカ」

そうだとも、そうでないとも。ロッカが何か答える前に、お互い誘われるように唇を重ねた。




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