責任逃れは許さない


確かこのパーティ、ローズ委員長の思い付きでひと月前に開催が決まったもので、理由なんて特にない言わばお食事会のようなものだった筈だ。そんな急な声掛けでもわっと人で溢れかえる会場を見て、さすが天下のマクロコスモスだ、と思う。立食パーティとなると、まぁおれさまは所謂高嶺の花、ロッカは路傍とまではいかないが、おれさまよりは手頃で、顔も良くて収入もある優良物件だ。

(おーおー…あんなにベタベタ触らせやがって…)

おれさまくらいになると客寄せパンダの如く、物珍しさとジムの影響力目当てに集まってくる人が殆ど。それが分かっているので相手するのも楽なもんだが、ロッカは違う。ジムリーダーのような公的な人物でもないし、芸能人でもない。つまり、ロッカに集まっている女の子たちはそこそこ本気で「イケる」と思っている、とおれさまは推測する。一人去ったらまた一人、順番待ちでどこかに列でも作っているのかと思うほど、ロッカの周りには女性が入れ代わり立ち代わりしていく。かなり面白くない。

いや無理だが?そいつは一途で恋人がいるのに浮気するような奴ではないが?とはいえ指輪をしている訳でも恋人がいますと背中に貼ってあるわけでもないのが悩みどころだ。

というか、おれさまはロッカに件の元カノ寝取り事件で正式に「許す」と言われたわけでもないし。確かに「キバナのフィッシュパイ以外食えない」「責任取って」とは言われたが、これはただの恩赦みたいなもんだ。もしかしたらこれから先ロッカと別れて毎週フィッシュパイだけデリバリーする可能性だってある。笑うしかない。

どうなんだロッカ、そこん所はどうなんだ。小一時間問い詰めたい。でも、ロッカは一応、おれさまが元カノを取りまくってる事を知らないままおれさまの告白を受け入れてくれたんだから、元々たぶん好かれてはいるのだ。いや、その告白も「いいよ」という返事だったな。待て、これは好かれてないのかもしれない。

「おや、ヌメイルのブローチですか?」

横からスポンサーの中年男性が話し掛けて来る。女の子に寄って来られるのの百万倍マシだ。しかもこの手の人は教養もあって程よい距離を保てるちゃんとした大人。こういった会場ではトップクラスに会話しやすい。

何だ?ヌメイルのブローチ?そんなもの持ってたかと一瞬戸惑ったが、ロッカに借りて付けたことを思い出した。左側の襟、金色のヌメイルのブローチ。なんてロッカがヌメイルのモチーフのものを持っていたのかは謎だが、ポケモンを模したものもいくつかあったし、単にデザイン性に優れていたからだろうか。恋人の持ち物を褒められるのは素直に嬉しいので、そのブローチを指先でつついて微笑んだ。

「あぁ〜そうなんですよ、懐かしくなります」

いいですね〜、と笑う男性。彼はもちろんおれさまの手持ちにヌメルゴンがいることを知っている。そうだろういいだろう。盾のようなデザインの両脇にヌメイルが内側を向いて二匹。それを見つめたスポンサーが、お、と目を丸くした。

「ほう!よく見たら紋章のモチーフですね!キバナさんのご実家のものですか?」

「えっ?」

思わぬ質問に、一瞬持っていたシャンパングラスを取り落としそうになった。紋章、紋章と言った。貴族なんかの家ごとにあるマーク。一般家庭でも代々昔からそういったものが受け継がれている家があるという。あと紋章といえばあれ、ポケモンジムのマークもそうだ。ドラゴンタイプのユニフォームにだってドンと入っている。このヌメイルがそうだと?へぇ〜、と興味深そうにブローチを見る男性に戸惑いを隠せない。

「紋章までドラゴンタイプなんですな、筋金入りだ」

「あ、あぁ、まぁそんなところです…」

なぜだか感心した様子の男性に、気圧されたように曖昧な返事をする。確かロッカは、このブローチをつけるときに「うちに昔からあるやつ」だと言っていた。つまりこの紋章はロッカの家のものなのだろう。どんな家系なのかは聞いたことはないが、恐らくそうだ。

「キバナさん?大丈夫ですか…?」

スポンサーの男性に声を掛けられて、初めて自分がよろけてテーブルに手を置いたことに気がついた。顔が、ひどく熱い。突然酒が回ったようだ。どうして急に、なんて理由は分かっている。これ、選んだのロッカだったよな。そうだよな。あいつ、これが自分の家の紋章だって、知ってんのかな。触れたらすぐにヌメイルのブローチに熱が移って、どれだけ自分の体温が上がっているのかを自覚してしまう。

スポンサーの男性が戸惑っているのは分かっていたが、弁明する余裕はない。寧ろ何て言やいい?恋人に自分のものって証をつけられて、それに気付かず数時間のほほんとして見せびらかしまくってたのに気が付いて恥ずかしくなって酔いが回っちまいましたって?いやそんな素直に言う必要はない、急に酒がキたとか言っとけばいいんだ。ごちゃごちゃ考えていたら、急にシャンパングラスを持っている手首をぐい、と引かれた。

「失礼」

抑揚のない声。振り向くと、ロッカがいた。おれさまの手の中からグラスを抜き去ってそっと目の前のテーブルに置く。なんだ、今まであっちの方で女の子達に囲まれていたのに。

「…ロッカ」

ぼんやりする頭で名前を呼ぶと、ロッカが二つ瞬きをした。おれさまの様子を少し見たただけで酔っていると判断したらしく、ロッカは苦笑して、スポンサーに申し訳なさそうに頭を下げて、名刺入れを取り出した。

「すみません、キバナの友人のロッカと申します…随分と酔っているようですので、今日はこれで失礼させて頂きます」

「おや、ご丁寧にどうも…キバナさん、先程までははっきりされていたんですが…よろしくお願いします」

おれさまを連れて帰るのだ、スポンサー相手だし身分がはっきりしてたほうがいいと思ったのだろう。名刺交換をするロッカの胸には、金色のコスモスを模したブローチが光っていた。なんだ、ロッカはヌメイルじゃないのか。なーんだ。少し残念思っていたら腕を引かれたので、スポンサーと頭を下げ合ってロッカのあとに続いた。








prev | next 6 / 10