責任逃れは許さない


はぁ、と酒臭い息を吐くが、それでも気分が落ちている事は絶対に表面上には出さない。すこぶる帰りたい。早く帰ってあわよくばロッカといちゃいちゃしたい。そんな風に思っているおれさまをそっちのけでパーティは盛り上がっている。帰りたい。話し掛けてくる招待客の対応をしながら、人混みの先にロッカの姿を見つけた。あっおれさまのロッカが女の子と話してるもう無理帰りたい。ロッカ連れてすぐさま失礼したい。もちろんそんなこと許されないけど。



きゅ、とネクタイを締めて鏡で確認する。結び方を移してくれていたロトムに「サンキュ」と礼を言えば、ケテ!と一つ鳴いてポケットに戻った。うん、うまく結べたようだ。見様見真似で一発目で結べてしまう自分の才能が怖い。後ろの方で同じく着替えているロッカの方を振り向いて声を掛けた。

「なぁロッカ、見てこれ」

「ん?」

ワイシャツのボタンを閉めていたロッカが顔を上げて、おれさまの方を見た。これ、ともう一度ネクタイのノットを指差すと、少し目を見張ってからこちらに近付いてくる。

「トリニティだ?似合ってるね」

骨ばった指先がネクタイの結び目に軽く触れた。さすが職業柄そういったことに詳しいらしく、ロッカは「上手」と頬を緩ませた。別に褒めてもらおうとして見せた訳じゃない。少し気恥ずかしくなって、努めて普通を装って言った。

「解くなよ」

目を丸くしたロッカが、おれさまの顔を見てくすりと笑った。綺麗に研がれた短い爪の指先が、名残り押しそうにトリニティノットから離れる。

「解かないよ」

今日は、マクロコスモスグループ主催のパーティがある。ジムリーダーのおれさまは勿論、マクロコスモスグループに属する会社のそこそこ上役でもあるロッカも呼ばれていた。いつもならスタイリストに頼んでいる身支度だが、今回はロッカも参加すると言うことで、二人してシュートシティのロッカのマンションで支度をしていた。

普段あまりスーツを着慣れていないおれさまと違って、普段正装で仕事をしているロッカはやはり手慣れていた。いつも着るのと着ないのではこうも差が出るものか、と思う。おれさまは見た目上何を着ても似合う自負はしているけれど、ロッカの着慣れている感じをこの年で出すのはなかなかだろうに。

「…よし」

準備もできた事だ、背広に袖を通して一通り自分の服装を確認する。二十代前半の男の家に姿見があるのには驚きだ。鏡の前で一回くるりと回って全身を見て、申し分ないな、と一つ頷いた。と、慣れた様子でおれさまと同じネクタイの結び方をしたロッカが姿見に写り込む。調べもしないのによく指が動くものだ。じ、と、暫しおれさまの服装を鏡越しに見つめたロッカの目が少しだけ細められた。

「…う〜ん」

「おかしいか?」

「え、まさか」

ロッカがぎょっとして、おれさまの方を直接見て言った。そりゃそうだよな、よく雑誌でモデルなんかもやるし、服のセンスにも自信がある。でも、と言って言葉を切ったロッカが思い出したように寝室に引っ込んでいった。持ってきたのは革張りの薄い箱で、テーブルの上で開けられた中にはアクセサリーがいくつか入っていた。なるほど、ブローチか。

「あんまりやると…こう…くどくないか?顔が装飾品みたいなところあるからな、おれさま」

「あはは」

笑ってごまかすな。ふざけて言ったことってそうやって流される方が効くんだわ。

あれでもないこれでもない、とブローチを取っては戻し取っては戻し、たまにおれさまに翳して戻し。あまり納得する逸品はないようだ。その様子を見守りながらロッカの手元を覗いた。

「アンティーク?」

「うん、父さんがこういうの好きで」

なるほど、父親からの貰い物か。金、銀、花やポケモンのモチーフ、他にも色があしらわれたものなど、思ったより数があるようだ。この中から選ぶのは骨が折れるだろう。ううん、とおれさまも少し見てはみたが、音を上げてしまった。

「会場ついたら花でもパクって挿しとくか?」

「様になりそうで怖いんだよな…」

なるだろう。最悪ロッカも同じ花を挿せばいい。そう笑ってテーブルから離れようとしたとき、ロッカに腕を掴んで止められた。

「…うん、これだな」

「いいのあった?」

「あった」

節目がちのロッカがずいっと近づいて来ておれさまの首元に視線を落とす。思わぬ距離に少し驚いているうちに、おれさまのスーツの襟に金色のブローチが輝いた。なんとか下を向いてデザインを確認する。

「ヌメイル?」

「そう、一応ずっと昔からうちにあるやつみたい」

「へぇ、そんなの借りていいのか?」

アンティーク調の、ヌメイルがあしらわれたブローチだ。おれさまの問いかけへの返事ではないが、うん、とロッカが満足そうに頷いた。色合いも合っているし、ブローチ本体のデザインも上品だ。ヌメイルはおれさまの手持ちのヌメルゴンの進化前だし、なんだ、良いものがあったじゃないかと口元が綻んだ。







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