涙が綺麗なのが悪い

「いただきまーす」

2年生になり、更に授業内容がハードになってくると、やっぱり食事の量も増えてくる。いつも通り食堂で、安さに託つけてたくさん買ってしまった。午後からまた訓練だから、大丈夫!と自分を騙しつつ舌鼓を鳴らす。すると、後ろから「450キロカロリー……」と数字が聞こえてきた。言った人物をギッと睨み付けるが、張本人はなまえに背を向けているので、ノーダメージである。

「何か言いたいことがあるなら、はっきり言ってよ!」
「別にー?ダイエットしたいとか言ってた割には、食うなあと思って」
「瀬呂くんには関係ない!!もう本当嫌い!最近ずっと後ろからそういうこと言う!」

数字にされると、思わず箸が止まってしまいそうになる。買ってしまったあとに言われても、もうどうにもならない。からかうのもいい加減にしてほしいが、せめて、買う前に言ってほしいものだ。なまえが市販のパンを瀬呂の背中に押し付けた。

「そんなこと言うなら、このパン瀬呂くんにあげるよ!育ち盛りの男子なら大丈夫でしょ!」
「俺、そういう保存料の効いたパン食わねえから」
「嘘つき!この前普通に食べてたじゃん!エセ健康オタクめ!」
「もうなまえうるさいよ。後輩に示しがつかないから止めな」

一緒に食べていた耳郎にたしなめられ、腑に落ちないまま座り直した。

最近……というより、1年の後半からずっとこんな調子だ。理由のわからない暴言にも似たからかいで、泣いたことだってある。イジるのも大概にしないと、いくら悪気がなくてもいじめと同じだ。最初の頃はいい印象しか無かったので、尚更この変わりようは恐ろしい。何かしたのかと考えていたが、結局何も思い付かなかった。

「だってお腹空くじゃん?!ねえ!?みんなも普通に食べるよね!?」
「私なんかは特に食べますわね…。個性の仕様もありますし」
「この時期は誰でもそうだから気にしなくていいんじゃない?たまに男子でさ、女子は40キロが普通って思ってる奴居るよね」
「ひゃー、40キロかー。厳しいなー」

教室で八百万たちに慰めてもらう。40キロは厳しくても、彼女たちはスラッとしたモデル体型なので、さすがになまえも鵜呑みにはしなかった。確かに、こうも顔面偏差値が高くては、男子からしてみれば、特に太っているように見えるのかもしれない……。けれども、それを差し引いても、理由もなく突然後ろから頭を叩かれたり、「先生が呼んでた」と言われて行ってみれば、それが嘘だったり、好きなヒーローのガセネタを言われて不安にさせられたりは理解できない。

「轟も別にそんなの思わないよね?」
「……ん?」

八百万の横で、次の授業の準備をしていた轟に突然話題が振られた。なまえの胸がドキリと高鳴る。実は、1年生の2学期の半ば、轟に告白して振られているのだ。しかし、それでも普通にクラスメイトとして何事もなく振る舞っているので、当事者しかそれは知らない。ーーいや、そういえば、もう1人居た。

「……別に、みょうじ太ってねえだろ。筋肉じゃないか?」
「あー、それね!最近ふくらはぎヤバくってさぁ……」

あっさりとした一言だったが、なまえは嬉しかった。嬉しそうにはみかむのを、おもしろくなさそうに睨む瀬呂さえ居なければ、和やかなものだったが。

「あら、珍しいですわね。轟さんもそういうのを付けるんですね」

八百万が目敏く、轟の鞄についているストラップに気づいた。

「怪しー!さては彼女!?」
「………まあ」
「え、マジ!?」
「オイオイ!マジかよ轟ィ!!」

わっ、と轟をみんなが囲い込んだ。なまえはくらりと目眩がした。振られている。もう玉砕しているのだけれども、ショックなのはショックだ。もう何をしても、恋人として轟の横に並ぶことはないのだから。ぐっと唇を噛む姿を、やはり瀬呂は不機嫌そうに見ていた。

放課後、なまえは机に突っ伏したまま残っていた。勉強するからだの何だの理由をつけて、夕焼けに真っ赤に染まる教室内に1人。そこに、瀬呂が入ってきた。「まーだ居てんのか」と言われて、目が合わないように外の方に顔を向けた。

「夕飯食いっぱぐれても知らねーぞ」
「いいもん……。太るからいい……」

返答する元気はあるらしい。瀬呂は溜め息を吐いて、なまえの前の席に座った。

「付き合って1ヶ月なんだってよ、轟。上鳴たちと彼女見に行ったんだけどさぁ、すっげえ可愛かったぜ。やっぱりイケメンは違うよなー」
「………瀬呂くん、知ってるくせに……。言わないでよ……」
「諦めるって言ったくせに、泣いてるお前に言われたかねーよ。第一、轟なんか無理だって。みょうじのことなんか気にも留めてねえし。気にしてたら、告白されたのに普段通りとかできねえだろ、普通。脈とか元々無かったんだよ」
「もう、うるさい!わかってるよ!もう!!」

なまえが力任せに立ち上がって、瀬呂の胸ぐらを掴んだ。鍛えているとは言え、男子と女子の差があるので、瀬呂はびくともしなかった。顔を上げたまま、なまえの頬に手を伸ばした。

「だったら、泣くんじゃねーよ」
「これは!瀬呂くんが酷いこと言うから、泣いてだけで!別に、轟くんは関係ないの!」
「やった。じゃあ、泣き止まなくていいぜ」

なまえが、理解できないという顔をした。それに、この場に不釣り合いな笑顔で返す。

ここで、瀬呂の視点に話を変えよう。彼は、なまえが轟に告白して振られたことを知っている1人だ。その日もちょうど、なまえは教室に残って泣いていた。忘れ物をした瀬呂がその場に鉢合わせ、なまえを慰めた。そのとき、瀬呂がなまえに対して思ったのは、同情めいたことではない。

「もう、意味わかんない……。瀬呂くんなんか、嫌い…っ」

そう言って、縋るように泣く。このときも、瀬呂はなまえに、あのときと同じことを思っていた。なまえは俯いていたので知らないが、彼は満足げに笑いながら、なまえの頭を撫でた。

嫌いでもいいから、俺のせいで泣いてくれ、と。その涙を浴びせてほしいと願っていた。