愛の確認日


「え?今週の日曜日?」

焦凍が「そうだ」と頷いた。彼が日程を聞いてくるなんて珍しい。スケジュール帳を確認してみたが、生憎その日はプレゼンの日と重なっていた。私はコスチューム会社に勤めていて、日曜日はあるヒーローの新コスチューム案を発表する日なのだ。そのヒーロー本人がわざわざ来るというので、ここのところずっと悩んでは描いてを繰り返している。

「ごめん、その日は無理。でもどうして?」
「…………いや、無理ならいい」

素っ気なくそう言って、テレビを見始めた焦凍に何も言わなかったが、なんだか釈然としなかった。訳くらい言ってくれたっていいじゃん。夫婦揃って拗ねるのもアレなので、「着色着色っと」、ペンタブのある自室に向かおうとした。が、焦凍に呼び止められた。

「なに?」
「日曜、仕事終わってからでいいから、どっか食いに行かないか?」
「んー、外食かぁ」

やけに日曜日にこだわるな。怪訝に思ったけれど、外食は久しぶりだしいいかもしれない。でもなぁ…。

「ちょっとゆっくり寝たいかも。月曜だったらいいよ」
「………そうか」

いつになく寂しそうな声で呟いた焦凍は、どこかに電話を掛けていた。多分、事務所にだろうな。そんなにその日がいいなら、訳を言えばいいのに。そうしてくれたら、私だって予定空けたりするのになぁ、変なの。





そして、日曜日。たくさんのデザインが発表され、私もどぎまぎしながらプレゼンを行ったが、結局選ばれなかった。仕方ない。選ばれた後輩は、もともとそのヒーローのファンだったのだ。そりゃあ好きなヒーローのコスチュームなのだから、気合いの入れ方から私たちとは違っていた。僻みもなく、みんなで「よかったね!!おめでとう!!」とお祝いをした。

「なまえさんもおめでとうございます!」
「え?」

後輩がそう言えば、周りのみんなも「そういえば」と口々に言った。

「ちょ、ちょっと待って。何が?」
「惚けないでくださいよー!ショートとはどうなんですか!?」
「面白い話とかねえの?」
「聞きたーい!」

何でここに焦凍のヒーロー名が出てくるの?首を傾げていると、段々周りがざわめいてきた。中には信じられないといった顔をしている同僚もいる。

「みょうじ……お前、それ…いくら忙しいって無いわ…」
「記念日にうるさい女はめんどくせぇけど、完全に忘れられんのも傷つくぞ…」
「女子力ゼロね…」
「今日、結婚記念日ですよね。1年目の」

"結婚記念日"。"1年目"。

その単語を理解するのに数十秒かかって、事の次第を把握した頃には、「ぁ、わ、わああああ!!!」と叫んでいた。忘れてたー!!だから焦凍、今日の予定聞いてたのかー!!頭を抱える私を、仕事仲間は呆れた目で見つめている。

「そっ、蕎麦粉!蕎麦粉買いに行かなきゃ!」
「蕎麦!?」
「打たなきゃ!」
「えっ、打てるの!?」

仕事を今までにないスピードで終わらせ、近くのアウトレットに走った。一番高くて一番美味しいやつを買って家に帰る。何年も経ってるならまだしも、1年目にこれはない。渋い顔をしていたのにも納得した。そして、頑なに訳を言わなかったのにも納得した。そりゃ、気づいてほしいわ。

「ただいま!!」

居ないだろうけど、ドアを開けるなりそう言った。電話をしていたのは、きっと今日仕事を入れる電話だろう。リビングに入ると、蕎麦の匂いが鼻を突き抜けた。

「えっ…な、何?」
「おかえり」
「焦凍!?蕎麦作ってんの!?」
「あとは茹でるだけだ。天ぷらもある」

トントンと刃渡りの大きな包丁で、生地を切って麺にしていく。側には、これから揚げるんだろう液の付いた具材が置かれてあった。

「ごっ、ごめん!焦凍!すっかり忘れちゃってて!」
「別にいい」

怒ってる…!ポーカーフェイスはいつも通りだけど、返事が素っ気なさすぎる。でも用意はしてくれるんだね…!買ってきた蕎麦粉は無駄になってしまったが、また今度、暑いときにでも作ろう。やっぱり「焦凍といえば蕎麦」は安直すぎたか。明日にでも別のものを買ってお祝いするとして、とりあえず着替えを………。

「いいか、俺別に怒ってないからな」
「うん…」
「……忘れるくらい居心地いいってことだろ」

焦凍が照れたように目を伏せた。赤みがかっている頬。確かに、同居なんてしたことはなかったが、意見の衝突もなく普通に過ごしてこれた。1年?1年しかまだ経ってなかったの?

「あ、やべ。天ぷらにかかりきってたら茹ですぎた。揚げるの難しいな」
「馴れないことするからだよー。待ってて、残りは私が揚げるから」
「ああ。任せた」

現金かもしれないけど、その言葉に、にんまりと笑って着替えるために自室に行った。私、本当にいい人に出会ったなぁ。これからもよろしく。





いつもご訪問していただきありがとうございます!ほんわかした話にしましたが、いかがでしょうか。 覚えてなくて慌てる轟くんも可愛いですが、 意外と記念日を覚えてる轟くんも可愛いと思います。あと、料理に手慣れてない轟くんは可愛いです(断言)よくよく見てみるとオチが微妙なようにも思えますが、楽しいリクエストをありがとうございました!これからも「疲労。」をよろしくお願いします!


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