36℃の嘘を


01


それはある日の帰り道、僕は分析ノートに書き込みながら歩いていた。大通りで新しいヒーローが来ていて、その人の個性や戦い方、姿形を書いていたんだ。そうしていると周りが見えなくなるというか、とにかく僕も悪かった。前方に霧のように現れた人物に、僕は全く気づかなかった。

「………いい"個性"だね」

まさか自分に言われたんだとは思わないだろう。こんなに人気の多い場所で、しかも同年代の女の子の声だったから、特に。そのままノートに没頭してしまったのが悪かった。その子に気づかないまま、その場を通り過ぎようと足を出したそのときーー僕の胸に矢が刺さったのだ。痛みはなかったけど、何かが消えてしまったような感覚。矢が来た方向から、女の子が僕の横をすり抜け、何かを拾った。胸を押さえながらそっちを向けば、彼女が手にしていたのは、青く輝いているとてもきれいな玉だった。それを斜めに掛けていた鞄に、大事に仕舞った。

「"緑谷出久"くん。返してほしかったら、その1、まず私を探すこと。その2、私と遊ぶこと。その3ーーは、まだ言えないかな」
「返して、ほしい…?」
「ヒントは君の"始まり"にいる」

そう言って、彼女はフッと消えた。まるで火を吹き消したときのように自然に。しばらく呆気に取られていたが、何だったんだろうと怪訝に思っただけで、重要性を感じていなかった。だけど僕は後々大変なことに気づく。

僕はこのとき、"個性"を盗られた。


02



盗られたのに気づいたのは授業中だった。オールマイトを通して、塚内さんにも相談をしたけれど、有力な情報はなかった。とりあえずオールフォーワンじゃなくてよかったと思う。でも、オールマイトから受け継がせてもらった個性を盗られて、このまま警察に任せるだけにもいかない。

彼女の言う僕の"始まり"。それはオールマイトに「ヒーローになれる」と言われた住宅街か。それは個性を受け継いだ海浜公園か。それは初めて個性を使った入試会場か。それのどれもが当たりのようで、どれか1つに絞ることができない。

「大変だね、緑谷くん」
「みょうじさん」

個性が無くとも、基礎トレーニングはできるから、授業も大体は受けることができる。ただ、個性を使うような戦闘訓練は、大事を取って見学することになったけど。モニターを眺めていると、クリアーしたのかみょうじさんが帰ってきた。

「早く敵捕まるといいね!」
「あ、ありがとう。それにしても、みょうじさんすごいね。1番早かったよ」
「えへへー、今日は"個性"の相性よかったかんね!」

今日の授業は、仮想体験で、敵100人を何分で捕まえられるかというゲームみたいなものだった。映画で観る世界のようで羨ましい。

「私の"個性"は、"トリッキー"。いろんな"遊び"ができるんだよ」

みょうじさんの個性を、こんな詳しく説明してもらえるなんて。麗日さんたちでも、授業を通してわかっていくものなのに。

「今回は"だるまさんが転んだ"で対応。これは、この決まり文句を唱えると、動いている人はその場で固まって動けなくなる。いつもは"鬼ごっこ"だけでも十分なんだけどねー。タッチしたら、電撃を受けさせれる。リスクは発動条件と本来の遊びのルールだね。"鬼ごっこ"なんかは、40まで数えないと発動しないし、"だるまさんが転んだ"は私の背中を叩けば、拘束は解ける」

それって、遊びの種類によってはリスクと呼べるほど、容易いものではないのでは………。実際、仮想と言えど100人いるのに、誰も太刀打ちできなかったんだし。みょうじさんは、空いている椅子に座って、くるくる回り出した。小学生のような行動に思わず笑ってしまう。僕もやったことあるなぁ。

「種類も豊富だし、選びようによってはチートって呼べるよね?」
「子供に人気になれそうだよね。それで遊べるかは置いといて」
「確かに。これじゃ遊んでもおもしろくない」

みょうじさんがクスクスと、弧を描いて笑う。僕も早く敵を見つけて、個性を取り戻さないと……。みんなとまた、差が生まれてしまう。


03



帰り道、危険なことはしないようにと言われたけど、相手は同い年の女の子。"個性"を盗るような人としても、海浜公園でもない限り往来で、派手な戦闘は起こさないだろう。返してもらう条件その1を早くクリアーしないと……。

そう思って、入試会場、海浜公園、住宅街………。全部回ったがどこも外れだった。トボトボと他の可能性を探りながら、帰路を辿っていた。

「あれ、緑谷くんだ」
「みょうじさん。こっちの方面だったの?」
「ううん。家は違うんだけど、こっちに用があって。この様子じゃあ、偶然だったみたいだね」
「え?」

みょうじさんが背を反らしながら、両腕を広げたので周りを見てみると、そこはかつてかっちゃんを救けたところだった。

「そして緑谷くんは今、私の影を踏んでる」

言われるがままに地面を見ると、確かに僕のスニーカーはみょうじさんの影に乗っていた。

"個性"返還条件その2、私と遊ぶこと。それを思い起こし、みょうじさんを見る。

「私の個性知ってるでしょ。これ、何の遊びだと思う?」
「"影踏み"………」
「うん、そう。誰も気づかないのは驚いた。緑谷くん、自分の影も無くなってること、知らなかったでしょう」

ニッと笑うみょうじさんに背筋が強張った。知らなかった、知らなかった。"個性"が奪われたことよりも、わかりやすい異常。そして、それを知りながら普通に話しかけていたクラスメイト。

「なんで、僕をーー」
「やっと見てくれた」

今までニヒルに笑っていたのに、みょうじさんは僕の目の奥をじっと見つめて、頬を赤らめながら言った。

「条件その3、私、緑谷くんのことずっと前から好きだったんだけど、今返事してくれる?」

圧倒的不利な状況で、今も僕はオールマイトみたいに笑えてるだろうか。





いつもご訪問していただきありがとうございます。なんかホラーみたくなっちゃいましたね、ヤンデレというか……。敵主なんてあんまり書かないので、凝った感じにしてみよう!と思ったらこうなりました。さすがの出久もガクブル不可避。下手な敵より怖いですね!ご期待に添える内容でなければすみませんでした。ですが、楽しいリクエストをありがとうございました!これからも「疲労。」をよろしくお願いします!


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