爆弾のNGワード





「ねぇ、お父さん」
「あ?」

久しぶりの日曜日のオフ。買い物に行ってんのか、あいつも居ねえ。どこかに出掛けんのもめんどくせぇし、ぼーっとテレビを見ていたら、さっきまで大人しく絵を描いていた娘の夏己が声を上げた。気を抜いていたからって、娘に対して素っ気ない返答だったとは自分でも自覚しているが、俺の娘でありあいつの娘であるこいつがそんなことでへこたれるわけがない。

「この前ねぇ、いずみちゃんのお父さんが、いずみちゃんのお母さんにお花をあげたんだって。赤色とか、オレンジとかすごい綺麗だったって言ってたよ」
「何が言いてえんだ」

フン、デクの家のことなんか知るか。花なんて、んなもんあげてどうすんだ。ゴミになるだけじゃねえか。夏己が、ぐりぐりとクレヨンで花を描きながら言った。

「お父さんはあげないの?お母さんに」
「んなもんやったって、捨てるだけだろ」
「プレゼントはね、あげる気持ちが大事なんだよ」

我が娘ながら正論を吐きやがる。こいつ一体何歳なんだ。サバ読んでんじゃねえだろうな。言葉に詰まる父親を他所に、夏己が「お母さんはお父さんの言う通りにしてあげてるのに、ありがとうとか無いの?先生が、毎日みんなにありがとうって思いながら過ごそうねって言ってたよ。お父さんはしないの?」と、スラスラ言っていく。しっかりしすぎてて気持ち悪いくらいだ。まぁ、俺に似て頭良かったんだな。

「でも俺、あいつの好きなもんとか知らねえぞ」
「お父さん……本当にお母さんのこと愛してるの?」
「愛…………」

夏己が、訝しげに見ている。たまの休みを満喫している父親を糾弾すんな。……これって、もしかしてやべぇのか?教育に。名前もあんま呼ばねえし、やってることは夏己ができても、学生時代とほぼ変わらねえ。変わってるのは自覚してるが、夏己がそれを理解できるかどうかは、たとえ高校生になっても無理かもしれない。これが普通の夫婦だと思われて、将来俺みたいなやつに出会して、顎で遣われる可能性があんのか…………と、思うと腹が立ってきた。あいつはいいんだ。俺が遣ってるから。でも娘が知らねえモブにそうされんのは腹立つ。

「………愛しては、いる」
「でもお母さんに言ったことはないでしょ?」

何っで、こんな的確に抉ってくんだよ。あるわ、多分。………1回くらいはあんじゃねえの。知らねえけど。

「お父さん、たまに何言ってるかわかんないときあるし、“好き“とか“愛してる“とかちゃんと言ったことないんじゃないの?」
「うるせぇ!別に伝わってんならいいだろうが!」
「わかってなーい!私なら毎日言ってほしいなぁ。もちろん、夏己って呼んでもらって」

お母さんだってそう思ってる、と夏己は言うが、どうも俺はそれにだけは賛同できねえ。何かしてやったところで薄いリアクションで、「はあ…」と相槌を打つだけに決まってる。それこそ、あいつの方が俺のことどう思ってんだっつー話だよ。養ってやってんだから、それ相応の気持ちは持っててもらわねえと、やってらんねえんだけどよ。

「言えないなら手紙にすればいいんだよ!」
「んな、こっ恥ずかしいことできっか!!あっという間に、デクらに漏れんだろうが!」
「じゃあ自分で言うしかないねー」

やんのは決定事項なのか。手のひらで転がされてるようで腹立つ。クソが。嬉々とした顔で、「プレゼントはケーキでもいいと思うの!」と言う。お前が食いたいだけだろ。デコピンを飛ばすと、不機嫌になって、何故かある孫の手で思いきり頭をぶたれた。ふっざけんな、てめぇ。娘じゃなかったらぶっ殺してるからな。また夏己もそれがわかってやってるから、尚更イラッとくる。

出掛けるつもりは更々無かったが、買いに行くなら仕方ねえ。夏己を車に乗せて走らせ、適当なところに行った。ケーキは夏己に選ばせた。好みとか種類とか、そもそも俺は食わねえから知らねえ。選んだのは、ただ単に夏己が好きなチョコレートケーキのホールだった。二人でホールとか食えんのか、と聞くと、「何言ってるのお父さんも食べるんだよ」と、さも当然かのように言われた。マジか。いや、俺は食わねえぞ。そんな甘ったるいもん。

「おかえり。どこか行ってたんだね。今日はもう出掛けないかと思ってた」
「お母さんただいまー!」

夏己があいつに抱き着きにいく。ケーキは俺が持ったまま。………俺が渡すのか。抱かれたまま、にやにやとこっちの様子を伺っている。誰に似たんだお前は。

「それどうしたの?」
「…………やる」

今日何かあったっけ?と、受け取りながらイマイチ腑に落ちてないない様子の…………なまえ。名前なんて呼べるか。そりゃあ、昔は一時期呼んでたけど、からかうのがおもしろかっただけで。あー、何で俺がこいつに、こんな気持ちにさせられなきゃなんねえんだ。なまえが悩むのが道理だろうが。

「おとーさーん」
「……わーったよ」

二人に近づいて、目隠しするように夏己の顔を手のひらで覆った。突然の不可解な行動に間抜け面をしているなまえ。変な顔しやがって。緊張感のねえやつ。

「愛してんぜ、なまえ」

目を白黒させているアホ面にキスをして、夏己から手を離した。夏己が、ひゃーっ、と何故か照れながらなまえを見た。どうせ微妙な顔でもしてんだろ。明日は雨だとでも思いながら。

「……そう。私も愛してるよ、勝己くん」

にっ、と珍しく綺麗に笑って、夏己を降ろして台所に戻っていった。

……は?

急上昇した苛立ちを察してか、夏己がそそくさと自分の部屋に帰った。さっきまで煽ってきてたくせに。つーか、何てめぇが俺よりも余裕そうにしてんだコラ、ぶっ殺すぞ!もっと嬉しそうにしろよ、媚れや、捨てるぞ!

「ふざけんなよなまえテメェ!今晩覚えてろよ!!」
「えぇー…逆ギレされても………」






いつもご訪問していただきありがとうございます!「テーマソングは〜」の二人の結婚生活をどう考えてみても、今とそう変わらないだろうな…と思ったので、いろいろ考えた結果こうなりました。今思えば夢主の不倫疑惑でもよかった気がするんですけど、本編が割と暗めなのでほのぼのにしました。それにしても、かっちゃんに「愛してる」って言わせるのにすごい違和感がありますね…。楽しいリクエストをありがとうございました!これからも「疲労。」をよろしくお願いします!

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