ぺたぺたと廊下を歩く。
ああ嫌だ。あの館長さんの元へ行くだなんて。あの圧迫されるような空気をもう一度味わうなんて死ぬほど嫌だ。
「…はぁ」
ああ、一歩一歩進む足が震えている。ごめんね、多分ここで立ち止まると怒られちゃうから頑張って私。頑張ろう私。
膝に力が入ってない様な、そんな感覚で、ぴりぴりと痺れるような、感じ。よろしくない状況だ。走って逃げ出そうにもイガラシさんを置いていく事もできないわけで…
足を止める事なく進んでいると、パァと周りが広がる。ホール、かな?
骨が展示されてる場所へ来た。まだ移動するらしい。
そこでふと、気付く。さっきから水に囲まれて特に匂いに変化はなかったのだけど、獣臭い…そう喩えるのが正しい、そんな匂いが段々と強くなってきた。匂いには敏感なのだ、私は。
「怯えるな。ただの場所替えだ」
「先程の警鐘は一体…?」
イガラシさん達がそんな会話をしてたその時。匂いの当人が登場した。
…上か!
「いたあ!いたいたいたいたいたいたいた!」
あの、金色の髪をたなびかせる、あれは
「見ーっけ!!!探したぜ魚!!」
「どこでもでらうるさい奴だ」
シシドくん、だ!
動物園の!ライオンの彼が来た!助けに来てくれたんだ!
「シシドくん…!」
「シシドくん!?何故君がここに!!」
まるでヒーローの如く登場してきたシシドくんに対し、私達は駆け寄らんばかりに身を乗り出すーー私は駆け寄れるのだけどそんなことしたら我が身がどうなることかーーするとサカマタさんは私達を手で制し、疑問を口にした。
「俺を捜した?こっちじゃあないのか?おまえらの目的は」
「うっせバカ!!」
そ、そうだ、よく考えればシシドくんの目線は先程からサカマタさんにしか注がれてない。
そんなぁ…と膜を張る目でシシドくんを見遣ると、一度、ほんと一瞬だけど、ちらりと私と目が合った。あれ?と困惑する間もなく「オレに限っててめえだよ」と悪どい笑みをした。
「ああ…私達アウトオブ眼中…」
「で、です…ね…?」
あれれ、でも目が合ったはずだ。いや…ただ目が合っただけか。だよなぁ、えんちょーさんに攻撃を仕掛けるあのシシドくんだしなぁ。
「オレの手ぇ噛みやがって。てめェは海の頂点なんだろ?ええ?頂点ってのはよぉ」
サッと素早くシシドくんが構える。
「オレ一頭で、いい!!!!」
大きく振りかぶって走ったと思ったら、サカマタさんのお腹へと一撃を喰らわせた。おお…!すごい、中々効いてるんじゃないかな…!
そんな思いとは裏腹に、サカマタさんはニィと笑いシシドくんに膝打ちでやり返した。確実にシシドくんへのダメージの方が大きい。
「〜〜〜!」
「シシドくん!」
「相手に構えをとらせた時点で失策だ」
シシドくんの頭を掴んだまま横の壁へと投げると、壁は大きく穴を開けて崩壊した。そんなことしたらシシドくんが死んでしまう!
「や、やめてください…!死んじゃいます!」
「黙れ」
「ひぃ!」
服を掴んで(私には精一杯の)制するけど振り払われて勢いで尻餅をついてしまった。情けないです…ごめんなさい…シシドくんがこんなに、こんなに傷付いてるというのに。私達には何もできない。ごめんなさい、ごめんなさい…ごめんなさい…
自分の非力さをここまで呪う事になるなんて。
「てめえ!今手ぇ出したな!固ェ体しやがって!」
「シャチにそんな特性はない」
「このヤロ!!」
「力量の差じゃないか?」
真っ向から向かってきたシシドくんをボッコボコに打ち返すその様に、思わず目を覆ってしまう。だめだ。力に差があり過ぎる。だめだよ、逃げて。君なら逃げれるでしょ。プライドとか関係ないよ。逃げなよ。しんじゃうよ。
「…さて、おまえらには捕獲命令が下されている。ここらで終わりにしようか」
「ハァ!ハァ!…殺す!!」
「でら愚か」
「!」
既にボロボロなシシドくんは、呆気なくサカマタさんの口に捕らえられてしまった。
「あ、ああ……シシドくん…っ!」
「やめて下さい!ケンカしないで!」
「捕まえとけ。離すなよ」
サカマタさんの命令で、魚達が私達を抑える。
最悪だ。最悪だ。私にもっと力があれば。彼をこんなに傷付けずに済んだんじゃないのか。
「あ゛ーーー!!噛んでんじゃねえ!!!」
瀕死の状態で尚、抵抗するシシドくんは、とても強い。強いのだ。
噛まれたままだったシシドくんが空高く上がる。ボロボロで抵抗する力が少ないシシドくんを投げ、食う気なのだと、サカマタさんが口を開けた時にそう気付いた。
「今度こそ終わろう」
…っ……!
今だ!今やらなくては!シシドくんを助けられない!死んでしまう!今度こそ本当に!トドメをさす気なんだ!奴は!
歩き始めてから恐怖でずっと震えてた足に鞭を打ち、抑えてる魚に足を掛け転倒させて拘束を解き、そのまま背中の甲羅を構えサカマタさんへ突進した。
すると背にいた私の動きを完全には捉えられなかった様で、よろけた奴の隙を付きシシドくんは抵抗する。
「や、やった!」
「チッ…でら邪魔な奴だ」
ぶん、と振り上げられた腕を避ける程の反射をしてなかった私は思い切り壁に叩きつけられる。搬送するべき荷物なので随分と手加減をしたみたいだけど、とても、痛い。痛いいいい!!
「岡芽さん!」
「だ、大丈夫、です…っ」
私を一層したサカマタさんは、シシドくんへと向き合った。シシドくん、死なないで。今はきっと、戦うべき時じゃなかったんだ。
「しかし…今のは…いい動きだ」
「また手ェ出しやがって…っハァ…ハァ………つーかてめェさっきガードしたな!?」
「!?」
お願いだから奴に殺されない為にも、今は諦めて、なんていうのは私のお門違いな心配だったようで、シシドくんの目には確信めいたナニかがあるようだった。
一瞬、ほんの一瞬奴が見せた隙に、勝機は、彼に傾いたのだ。
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