「まずは一階と地下一階の掃除のためそれらの階の閉鎖を放送してからショーへ向かうぞ!」
「は、あ…」
制帽をしっかり被って廊下を歩く。縄を持たれたまま。
そしてイッカクさんはピタッととある部屋の前で止まり、「ここだ」と言ってドアを開ける。扉には放送室、と書かれていた。
「これからは岡芽殿もやるだろうからな、まずは私のお手本を見たまえよ!」
「…なんでわたしが…水族館で…」
「聞こえない!もう一度!」
「だからっなんでもないですぅ…!」
この魚はほんとに一々うるさい…でもそんなことを言った瞬間にはわたしがどうなっていることか…本人曰く、すぴりっつ?とか言ってるあの牙で貫かれる気がする。
なんてぼーっと被害妄想に体を震わせていたら、イッカクさんが放送を流したらしく、近くのスピーカーからイッカクさんの声にエコーをかけるように音が流れた。
『ご来場のお客様。まもなく二階中央スタジアムにおいて当館目玉のイルカショーが始まります。混雑が予想されますのでお早めにお越し下さいませ』
イルカショー…見てみたいなぁ、というか静かになれるんだイッカクさん…
『なおショーの間は一階、地下一階のエリアを閉鎖させて頂きますのでご了承下さい』
そこでマイク横にあったバーを下げ、「よし」と小さく頷いた後にわたしの方へと振り向いた。
「ではイルカショーへと向かおう!」
「え、い、イルカショーに…行くんですか…?貴方が?」
「ショーを仕切らなければならないからな!」
ああ、なるほど。てっきり出演するのかと思った。
それにしてもこの人は、なんていうか、他の幹部と違って危険な感じを醸し出してないんだ。水族館の幹部なのだから、敵であることに間違いはないんだけど。
「岡芽殿、しっかりと着いて来たまえ!弛んでいるぞ!」
「うえ、は、はいっ」
いつの間にか進んでたイッカクさんは、持っていた手綱が引っ張られた事でわたしがぼーっとして動いてなかったことに気付いたようだ。もちろんわたしの首輪も引っ張られて首も痛い。
…ていうかわたし別に水族館で働くわけじゃないし!なんでこんな…ああもう…
また怒鳴られたくないわたしは、結局縄が弛む範囲でイッカクさんに着いて行くしかなかった。
わぁわぁと観客が集まり、イッカクさん達の指示でイルカショーが始まった。中々というか、いやすごい。ショーというもの自体初めて見たが、こんな魅了されるものなのかと。
キラキラと水と遊ぶように芸をするイルカは、かつてわたしが故郷の海で見たものとは全くの別物だ。当たり前のことなんだけど、ね。
またもやぼーっとイルカショーを眺めていると、なにやら周りが慌ただしい。
イッカクさん達がこっちへ向かって来ていて、わたしの手綱を持っていた補欠と思われる他の指示員が出て行く。
「岡芽殿、館長から指示が出た」
「え、え?」
「き、きき緊急じ事態だからな…亀女はかか館長とこ…い行け…」
かかか館長って…あのセクハラ館長さん…?
少し前の事を思い出して色々な意味でドキドキしていると、わたしを影が覆った。
「でらちょうどいい。このカメは館長の元へ連れて行く。縄を渡せ」
恐る恐る振り返ると、いつか見た怖面のサカマタさんが立っていた。
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