相澤先生と内緒事


「せんせ」

相澤先生は私を視界に捉えて一瞬目を見開いた。

私の雰囲気に気付いたのか、「もう遅い。早く帰れ」と急かして書類を整え始める。
そんな先生の真向かいの椅子に座って、机に頬杖をつく。

「先生、またマイク先生うるさかったの?」

「ああ」

先生曰く、デスクが隣のせいでマイク先生が煩いと書類整理が効率よくできないらしい。だから、静かなこの資料室に来る。ということを、私は知ってる。私だけが、知っている。

先生が書類を手に持ち立ち上がった。それに伴って私も立ち上がり、先生がドアノブを回そうと触れた瞬間に、一瞬だけ"個性"を使ってバンッとドアを抑えた。
「…なまえ」とてつもなく低い声で名前を呼ばれる。お怒りのようだ。ギロリと軽く充血し掛けてる目で睨まれている。腕の力がふらりと抜けていった。

「あまりふざけるなよ」

「先生、好きです」

「…、事を得ないな。不合理なことは嫌いだと言ったはずだ。そこを退け」

「嫌です。先生、好きです」

最初は動揺を見せたものの、二度目となると別らしい。クッと眉を潜められた。

「…俺は教師でお前は生徒だ。分かれ」

「…分かりません。生徒が先生を好きになっちゃダメなんてないです」

「あるんだ。諦めろ」

「…っ」

先生と生徒という関係が許されないのは分かってる。ほんとは。ちゃんと分かってる。叶わないと心の底では思ってる。でも、でも。面と向かって改めて言われると、胸にクるものがある訳で。

話は終わりだと言わんばかりに先生は私の肩を軽く押すように手を置いた。素直にズレると先生は背を向けてドアを開ける。
その隙をついて、"個性"を発動させて先生の服を引っつかんで後ろのテーブルへと放り投げた。先生に見られなければ、"個性"は使えるんだから。

「ッお前…!!」

「逃げないで」

素早くドアを足蹴に蹴り跳ねて、先生の上に勢いよく立つように足をつける。そのまま跨るように座り込んだ。
ドアは大きい音を立ててしまったので、もしかしたら歪んでしまったかもしれない。直すのが大変そうだ。

「私ももう大人です。何がいけないんですか。なんで、相手すらしてくれないんですか、!」

「…落ち着け。冷静に考えろ、後悔するのはお前だ」

「落ち着いてます!後悔もしません!私は先生が好きです!……先生、気付いてたでしょ、私が好きだって」

「……若気の至りってやつだ。今ならまだ取り返しはつく」

「…取り返し?先生のこと押し倒して、跨っといて?…相澤先生も冗談言うんですね」

「……」

先生の手を掴んで、そのままの勢いで自身の左胸に押し当ててやった。
先生は驚愕の眼差しだったが、すぐに手を引こうとしたのでグッと抑える。

「先生、私、すごくドキドキしてるんです。若気の至りなんかじゃありません。先生が、好きなんです」

「…応えられない。お前のためだ」

なにそれ。
そんなの、私のためなんかじゃない。

今度は空いた片手を掴んでスカートの中に突っ込んだ。
今更、なりふり構ってられない。

「……先生は、ドキドキしませんか」

「しない。教師と生徒ってのはそういう程度のモンなんだよ。いい加減退け」

「……っじゃあ、」

先生の手を離して、自身のブラウスのボタンに手をかけると「おい、やめろ」と軽く焦った先生の声が掛けられた。が、そんなの気にできない。
だから、なりふり構ってられないんだってば。

もう、進級が迫ってる。
先生が担任では無くなってしまう。先生との接点が、なくなってしまう。
この広い学校の中では、担任若しくは教科担で無ければ先生との関係は無に等しかった。
それは何がどうしても、防がなくてはいけない。

ブラウスを横に投げ捨てると先生は目を瞑り眉を潜め、大きなため息を吐いた。
今度はスカートに手をかけると、ホックを外すより先に両手毎先生の大きな手に掴まれてしまった。

「先生、離して」

「離したらお前、脱ぐだろ」

「制服なんていらない。制服なんて着てたら、否が応でも生徒になっちゃうじゃん」

「……っとに、不合理的な考え方だな」

もう片方の手が首裏に伸びてきて、顔を引き寄せられるものだから反射的に「えっ」と声が出てしまう。その先を想像して、まさか、と思うものの顔に熱が集まる。その刹那、いつの間にか天井をバックにした相澤先生がいた。
何を言ってるか分からないと思うけど、そのままの意味だ。形勢逆転されたのだった。

「……せんせ、」

「女がホイホイ脱ぐモンじゃないだろ」

そう言うと、先生は自身の黒い服の裾に手を掛けた。そのまま上げていくので、条件反射に目を瞑ってしまう。すると、頭にポンと何か置かれる。温もりを保ったこれはなんだろう。目を開けると黒かった。でも、私の好む匂いがする。それを掻き抱くように慌てて退かした瞬間、ほんの一瞬、唇に何かを当てられた。

い、今の感触は、なんだ?

頭で理解した瞬間、ボッと顔が体が熱くなり、言葉が何も出てこなかった。

少し整理をしよう。

頭に投げられたこれは、先生の服らしい。黒のノースリーブになってる。(先生のインナー姿なんて初めて見た)
そして、さっき、唇に当たったもの、は。

「この事、卒業まで全部内緒にしてられるって約束できんなら、卒業式のあと俺の所に来い」

「…それは、この場凌ぎの言葉ですか」

「違ぇよ。まぁ、お前の気が変わってなきゃの話だがな」

そう言うと先生は私の上から退き、ノースリーブのまま資料室のドアを蹴破って出て行ってしまった。

ドキドキと高鳴る胸を隠すように先生の服をぎゅっと抱き締め、縮こまる。蹴破られたドアから吹く風が寒い。大きな音を立てたものだからすぐに誰か来てしまうかもしれない。投げ捨てられたブラウスに腕を通して、身だしなみを整えるとタイミングよく(と言っていいのかわからないけど)緑谷くん達が顔を覗かせた。

「お、大きな音だったけど何かあったの?」

「……ううん、なんでも」

「そっか!良かった!」

「随分と大きな音だったから、何事かと思ったけど…無事だね。扉以外」

「何があったかは分からんが、これは先生に報告しなければならないぞ」

「あ、あー…うん…」

「……なまえちゃん、なんだか嬉しそうやね?」

「…ふふ、ヒミツなんだ。ごめんね」


先生、私、墓まで持っていきますから、待っててね。





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150503//ふしだらなヒミツ
企画「とどめの一撃」様提出




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