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「やあメグミ、ご機嫌いかがかな!」
案の定、相変わらずの陽気な挨拶と共に役人が顔を出した。
恵は指先でこめかみを叩き、役人にもわかりやすいよう「最悪だ」と呟く。扉は静かに開閉するものだと言い続けて一年、まだ成果は得られていない。
「今日は何しに来たんだ、騒音野郎」
「君はどうしていつも怖い顔をしているんだい? 眉間に何か挟めそうだ」
「顔の造りに文句言うんじゃねえよ。締め出すぞ」
恵は精悍な顔立ちを面倒臭げに歪める。奥二重の重い睨みを受けても怯むことを知らない役人は、腹の立つニヤケ面を作った。
「いいのかなあ、せっかくプレゼントを持って来てあげたのに」
「はあ? なんの」
「まさか、知らないのかい? 今日は君の、一歳の誕生日じゃないか!」
仰々しく腕を広げる動作を見ていると、蹴り出して塩を撒いてやりたくなる。恵は毎度のことながら、実行に移さない自分を褒め称えることで苛立ちを自制した。
「ああうん……ところで死んでも一歳ってカウントすんの? マイナス一歳じゃねえの?」
「お祝いの! プレゼントだよ! 人間は誕生日に贈り物をするのがマナーなんだってね? 僕も一度してみたかったんだ」
「聞けよ……」
何を言っても聞きやしないから、諦めが先立つ。全く祝われている気のしない恵が口を閉ざすと、役人は開け放したままだった扉の外から何かを店内へ引き入れた。
「と、いうわけで、ちょっとこの子を置いてやっておくれよ」
軽く言いのけた役人が自分の前へ進み出させたのは、二十代後半から三十代前半くらいの若々しい男だった。
緩やかにウェーブした茶髪が表情を翳らせてはいるが、甘めの童顔は同性の恵が見惚れるほど整っている。大きなパッチリ二重に、丁度いい高さの鼻、厚めの唇は幼さを感じさせるものの、シンプルな眼鏡が理知的な雰囲気をプラスしていた。
つい男の顔を観察していた恵は、ハッと我に返る。
「……人身御供!?」
「ヒトミゴクウ? ……多分それだね!」
「いや、お前絶対意味わかってねえだろ!」
「とにかくよろしく」
あまりに軽い調子で言うから、恵もつい語気を強めて「いらん!」と喚く。
「しかもそいつ、間近じゃねえか」
役人が連れてきた男は、どこかを見ているようで何も見ていない。眼鏡の奥にある瞳は濁り、完全なる無表情が不気味だった。
もはや彼には浄化されるものが、ほとんど残っていないのだろう。
「もって数日だろ。なんでわざわざ俺が面倒看るんだよ」
「いいじゃないか、どうせ数日なんだから」
にこやかに揚げ足を取る役人は、自失している男の背中を押した。彼はその勢いでカウンター前まで歩を進め、動きを止める。
近づくと男の体格のよさがわかり、恵は口元を引き攣らせた。
「どうせっつっても……置物にするには、ちょっとでかくねえか……?」
「そうかい? キミとそう変わらないよ?」
「俺のがもうちょいコンパクトだわ。まあ置くだけなら……いや、それは倫理的に……」
「そうかい、恵ならそう言ってくれると思っていたよ! いやあ、さすがだね!」
「は?」
一言も了承はしていないのに、役人は先手必勝とばかりに手を打ち鳴らす。どこで覚えたのか、人差し指と中指だけ伸ばした手を顔の横でくいっと動かした。
「じゃあ僕はこれで」
「はあ!? 待て、まだ返事してねえ……っ」
慌てて呼び止めるも、真っ黒い存在は忽然と姿を消す。残されたのは無意味に手を伸ばした恵と、カウンターチェアの傍で立ち尽くす人形のような男だけだった。
「ったく、都合いい耳してやがる……つーかなんだあの仕草……」
頭を掻き、恵は渋々カウンターを出る。
そして男の肩に手を置き、数センチ高い場所にある双眼を覗きこんだ。
「しっかし……整理整頓された顔してんな」
恵のキツイ顔立ちとは正反対な男の容姿を、羨ましいは思わないが興味深い。しげしげと見つめていた恵は、男の茶髪が根本から数ミリ黒くなっているのを見つけて微笑んだ。
同時に、肩に置いた手で男を引き寄せる。
息を吐いたら吸うように、眩しければ目を細めるように、恵は一連の動作を終えた。それから数秒、身体と意識が切り離されたかのような不思議な感覚を味わい――勢いよく後退る。腰が椅子にぶつかって、息をのんだ。
「俺……今、何した?」
無意識に手の甲を唇に押し当てて、冷や汗をかく。そこに残る冷たくて生々しい唇の感触が、恵に自分が行ったありえない行為を突きつけた。
「初対面の男だぞ……欲求不満か?」
あるはずもない推測を呟き、胸を叩いて自分を落ち着ける。立ち尽くしたままの男は当然だが怒ることも逃げることもしないので、恵は気を取り直して彼の眼前に手をヒラつかせた。
「あー、すまん。よくわかんねえけど気にすんな。人間、死んでも色々あるもんだ。ファーストキス……じゃねえよな、さすがに」
無意味と知りつつ「ごめんな」と男の頭を撫でた恵は、混濁した瞳がささやかに動く気配を察知する。
「……あ?」
定まっていなかった焦点が、酷くゆっくりとしたスピードで恵の顔へと合わさっていく。
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