風紀委員会の仕事で帰りが遅くなった波高島はその夜、二十時を過ぎた頃に部屋へ戻ってきた。
丁度バスルームから出てきた吉野と鉢合わせ、キョトンと目を丸くする。

「どうした。えらく顔が赤い」
「あーうん。ちょっと長湯だったかな……?」
「水分を取れ。脱水するぞ」

火照った吉野のために、波高島はそそくさとキッチンへ入っていく。
甲斐甲斐しい姿を見送った吉野は、咄嗟にポケットへ隠したローションをこそこそと自分に宛がわれた部屋のベッドへ放った。

思い立ったが吉日とばかりに、吉野がバスルームに籠ってどうやら約一時間が経過していたようだ。波高島が普段してくれるように後ろを準備してはみたが、彼より不慣れで倍の時間がかかってしまった。

「おっかしーな……なんでオレの体なのにオレがうまくできないんだろ……?」

吉野は首を傾げつつ、長い時間指を銜えていたせいで違和感のある尻を庇い、リビングへ向かう。
キッチンから出てきた波高島はスポーツドリンクの入ったボトルを差し出してきた。

「飲め」
「ありがと……ごめんね、疲れてんのに」
「構わない。急に倒れられて困るのは俺だ」
「あ、んん、そだね。ごめん、気をつける」

粉末タイプのスポーツドリンクを少し薄めに作ったらしい爽やかなそれを飲みながら、吉野は申し訳なさを表情に乗せる。
すると波高島は若干の焦りを見せて「そうじゃない」と、吉野の湿った髪を撫でた。

「言い方が悪かった。心配しているだけだ。……嫌々世話を焼いているわけではない」
「ん、と……うん、ありがと」
「ああ」

つっけんどんなところはあるが、波高島の不器用な愛情は吉野をいつも幸せな気分にさせる。だから吉野は常々、彼にもらった以上の優しさや愛情を伝えられれば、と思っていた。

きっと、心はもう繋がっている。だったら後は身体を真に繋げ、もっと深いところで波高島と恋がしたかった。

「あ、のさあ、波高島君」

適当に汲んだ水道水を隣で飲む波高島に声をかけた。
ボトルをテーブルへ置き、吉野は遠慮がちに男のブレザーの裾を引く。波高島はその仕草を見て、一瞬だけ目を見開いた。

「かわ」
「え? なあに?」
「いや、何もない。どうした」
「ああうん、あのね……その、ちょっと、お願い? ってゆーかその、ええと」

口ごもる吉野を急かすでもなく、波高島はただじっと待っていた。
やがて吉野は羞恥と怯えに折り合いをつけ、必死の思いで切り出す。

「お……オレ、したい」
「は?」
「セッ、ク……ス、しません、か」
「……は?」

波高島は壊れた機械のように、「は」しか口にしなかった。吉野はくずおれそうな足を叱咤し、半泣きで「もういい」と、波高島の腕を引っ掴む。

「き、来て」
「待て叶、一体どうし……」
「いいから」

波高島が戸惑っているのはわかっていたが、吉野は勢いで彼を寝室へ連れて行く。力一杯ベッドに押しこんではみたが、非力なせいか波高島は少しよろけただけでシーツの上へ座った。

「叶、落ち着け。何があった」
「なんにもないよ。ないけど……ダメ?」
「駄目ではないが、お前らしくない」

吉野は目を泳がせたが、後にも引けず波高島の肩に手をかけた。そこは分厚く逞しいものの、体重をかければ押し倒すことに成功する。
波高島は目を丸くしていたが、自身に乗り上げて腰を跨いだ吉野を見て眉を寄せた。

「叶」
「ごめん、波高島君……怒らないで」
「怒っていない。お前がいいなら問題ない。だが場所を代われ。触りにくい」
「ううん、これでいい。えと……じっとしててね」

吉野の目標は「波高島をセックスで射精させること」だ。
いつものように愛撫されれば自分がひとたまりもないと知っていた吉野は、触られる前に波高島のベルトを掴む。

「こら、叶……っ」

慌てる声が頭上で聞こえるが、全てスルーした。波高島が無理に吉野の行動を止めることはまずない。

スラックスを下げ、下着からまだ柔らかい性器を取り出す。吉野を引き剥がそうとさりげなく波高島の手が邪魔をするが、抵抗は微々たるものだった。

手荒に扱って怪我でもされては敵わん、とは、いつも波高島が吉野を気遣って口にする言葉だった。狼狽えているようだが、こんな時でも波高島は吉野に優しい。
愛されていることを実感し、吉野は口元を綻ばせた。

「えと、痛かったら……言ってね」
「しなくていい。汚い」
「波高島君だっていっつもオレの、するじゃん。オレだってしたいよ」
「お前は駄目だ。そんなモノに顔を近付けるんじゃない」
「もーいい黙って」

双方の主張は恐らくいつまで経っても拮抗を崩さない。
吉野は思い切って、萎えた男性器の先端にキスをした。

マシュマロのような感触が唇に当たる。手で根本を支え、恐る恐る舌を這わせた。

 

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