恋人に対するあまりに不名誉な解釈に、吉野は一人アワアワと焦りを見せる。
それを言った張本人である律が「落ち着け」と宥め、吉野は何故か息切れしつつも漸く肩を撫で下ろした。

「りっちゃんの誤解が酷いいい……」
「しゃあねえだろ、意味わかんねーんだから。おめーの説明だと、波高島はケツにナニぶちこんでも動かねえで、おめーだけイカせて終わらせてるってことになんじゃねえか」
「その方向で間違いないっす……」
「あ、そう?」

言われた言葉は聞くに耐えない羞恥を生むが、無理矢理歪曲されるよりはまだいい。
頷く吉野を見て納得した律は、深く溜め息を吐いて腕を組んだ。

「まあ、わかったけど。……わっかんねーな」
「わかったのかわかんないのか、どっち?」
「つーかよ、波高島は……いやでも待てよ、そうなるとおかし……んー」
「りっちゃん何言ってんの……?」

ブツブツと何事かを溢しては悩む律が、突然「ん」と顔を上げる。

「吉野、おめー波高島に色仕掛けしろ」
「りっちゃん壊れた!」
「正常だっつの」

とても正気の沙汰とは思えず、吉野は首を横に振りたくった。
律が言うなら間違いない、と信じる気持ちとは裏腹に、数度の性行で得た確信がその判断を邪魔する。
「なんで」と言われ「だって」と呟いた。両指先をくるくる回して情けなさアピールだ。

「オレもね、男だからさ……色々、考えたんだけど」
「おう」
「波高島君はちゃんと、オレのこと好きって思ってくれてると思うんだ」
「見りゃわかる」
「そなの?」
「で?」
「ああごめん。でね、だけどね、今までの波高島君を見てて……結論が出たわけなのだよ」
「誰の真似だよそれ」

律の呆れたツッコミに反応する余裕もなく、吉野は最近、常々感じていた自分の「非」を小さな声で暴露した。

「あんね……」
「おう」
「きっとオレ、ガバガバなんだと思うんだ……」

ーー律は何も言わず、ただ額を押さえて俯いた。
地の底を突き抜けて日本の裏側まで到達しそうな溜め息は、彼の深い落胆を表している。

だが意外と思い込みの激しい吉野は、その様子を「納得して悩んでいる」と受け取ってしまった。

「だよね、オレ最悪だよね、そりゃ挿れてもあんまよくないし、動く気失せるよね」
「……あー」
「全部の疑問に繋がるんだよ。例えばさ、オレがそういう人を抱いたらさ、多分傷付けないようにトイレでするもん……」
「童貞が何言ってんだ」
「う、うるさいよ!」

波高島は厳しいようでいて、心根の優しい男だ。吉野に不満があれど、文句を言ったりする人間でもない。
だから性行為で射精できないのを追求させることなく、吉野の身体を丁寧に清めた後トイレへ長く籠っているに違いない。
吉野の結論はほぼ確定にまで昇り詰めていた。

「括約筋ってどやったら鍛えれるか、りっちゃん知ってる……?」
「知らねーよ……」
「だあよね、りっちゃんすごい締まってそだしね……」
「人のケツで変な想像すんな」

全く羨ましい限りだ、と、吉野は親友へ羨望の眼差しを投げた。
さすがの律もその生暖かさに耐えられず、手の平を吉野へ向けて話題の終結を目指す。

「あー、まあ、とにかくだ。黙って色仕掛けしてこい」
「でもっ」
「でももへったくれもあるか。いいから言う通りにしてみろって。絶対うまくいくからよ」

何故そこまで自信があるのかわからないが、律はもはや吉野の躊躇を取り合う気がなさそうだった。
ぶすくれた吉野が口を尖らせようが、おかまいなしに手の平を打つ。

「ひたすら誘って乗せろ。なんなら乗れ。拗らせ野郎には丁度いい薬になっから」
「りっちゃん意味わかんない」
「俺もまさかこんな相談されるとは思ってなかったっつの。……平和な証拠だよなあ」
「酷い。性の不一致は大問題なのに酷い。りっちゃんもー知らないっ! 話聞いてくれてありがと!」
「おう。じゃーな」

ヒラヒラと手を振る律に吐き捨てて、吉野は慌ただしく荷物を手に生徒会室を飛び出した。

律の助言はきっと、今回は的はずれだ。彼の勘が初めて敗者となる。
ーーしかし、吉野は自分が思うよりずっと素直な面も持っていた。
こと、律の発言に対して。

「オレにできるかなあ……色気ってコンビニにあるかなあ……」

不安でいっぱいだが、一先ず藁にも縋るような思いで向かうは学園敷地内のコンビニ。
色仕掛け、は具体的に想像できず困り果てているが、律は吉野にもう二つ、指示を出しているのだ。

誘って乗せろ、は難しい。
だが、なんなら乗れ、はできそうな気がした。
よって必要な備品を購入すべく、吉野は遅い駆け足で校内を駆けるのだった。

 

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