心配。長としての責任。幸せになってほしい。
そんな、取って付けたような理由で守っていた。
突き立てられた中指と嘲笑はあっけなくその完璧な皮を剥がし、中身は、小さく怯えたように震えていたんだ。

そこにあったのは、なんてことはない。
ただ、あいつを好きだって気持ちだった。

+++

あの日田所に挑発され、まんまと恭也への気持ちを自覚してもなお、俺は手をこまねいていた。
普段通り過ごしながら、田所を嗜め、恭也を庇う。こっそり恭也の仕事を肩代わりしたり、動向を観察するようにもしていた。

けど、それだけだ。

田所は相変わらずだし、恭也も。いつもニコニコしていて、その心の中がどうなっているのか、皆目検討もつかなくて。つまり手を出しあぐねているのだ、俺は。結局自分を守るばかりで、スタートラインすら切れていない。

「ったく…どうしろってんだ」

二人を離れさせて、つけこんでしまえばいい。そういう事だ。わかってる。横恋慕してるのは俺だ。
けど、あの二人はどこもかしこもがおかしいのだ。普通じゃない。一筋縄ではいかないって、嫌という程理解していた。

「…あ」

約束、とは、何なんだろう。
自分を絶対的な所有者だと思っている田所と、捨てられるから名前も呼ばないと言いきった恭也。
何がそうさせたのか。どこに綻びがあるのか。探り探りでしか、俺には方法がなかった。

なんて面倒な片想いだ。悲観する暇すらないなんて。

「恭也」
「んー?あ、かいちょーだ」
「よ」

六時限目のチャイム目前だったが、ふと見つけた恭也の影を追って捕まえる事に成功した。と、同時に授業開始を知らせる音。
俺たちは何となく顔を見合わせて、無言のまま上を指差して頷き合った。

+++

昼下がりの強い陽射しを一身に受けていると、低温でローストされている気分になる。
屋上に出た途端初夏の暑さに顔を歪めた俺たちは、いそいそと影に入りそこで座り込んだ。

「かいちょーがサボりとか、いーの?」
「いんじゃね。たまには」
「何だかんだ言って真面目だもんねー」
「うるせー。お前が言うなっての」

ふふん、と瞳を細めて笑うから、長い睫毛がよくわかる。
遊ばせた毛先が揺れる度、さわやかな香りが俺を癒した。

「なんかさー、初めてだね」
「何が?」
「俺今かいちょーと悪い子してる!みたいな?」
「みたいな?じゃねーよあほ」
「俺計算はやいよー!」
「はぁ…ほんとあほ」

無邪気な笑みは、本当に可愛い。悩みなんて微塵も持っていなさそうに、能天気に、清々しく笑う姿は、もどかしい。

「かいちょー足長くない?」
「そうか?てめーもだろ」
「あ、今褒めた?やった、俺褒められたー」

伸ばした足の先が太陽に晒される。その長さを比べても、俺と恭也に殆ど差はなかった。

どうして、こいつを好きになったんだろう。
隣を見る。見て、話して、触れれば、それがわかる気がした。

「なぁにかいちょ。照れる」
「あほか。お前、隈やべーぞ」
「そー?自分じゃわかんないもんだねー」

くっきりと浮かぶ隈の上部。アーモンド型の綺麗な瞳が糸みたいに細くなる。この笑い方は好きだ。もっと笑わせればどこまで細くなるのだろうと好奇心がうずくから。

「寝てねーんだろ」
「失礼な、快眠快便の俺をなめちゃだめー」
「そんな事情は聞いてねーよ…」

ぱっと自分の頬を包んだ手の甲。ああ、これも好きだ。
細長くて、電卓を弾く指先は器用で、見ていて面白い。
指を絡めたらどんな感触なんだろう。きっと、俺が思っているよりしっかりしてて関節が当たるはず。

「あ、てことで俺おやつタイムしていー?」
「俺の許可なんていらねーだろ」
「ご近所付き合い大事だよー?」
「お前の返し、謎すぎる」

恭也はからからと笑って、ポケットからゼリー飲料を取り出した。忙しい朝なんかに数秒チャージとかいうあれだ。
俺は口から今にも出てきてしまいそうな問いをなんとか飲み下して、飲み口をくわえる横顔を見ていた。

「眠いんだろ」
「えー?」
「目がとろってしてきてる」
「ふふー。実はねーちょっと寝ようかと思ってたんだー。お昼寝日和じゃん?」

僅か数秒のおやつを完食した恭也は、それをくわえたまま器用に喋り、猫みたいに腕を上に伸ばした。
大きなあくびも一つ。一瞬、こいつの休息を邪魔したかと申し訳なさが頭を過ったが、すぐに思い直す。

「なら寝てろ。肩貸してやる」
「あっれ、今日のかいちょーやさしーね?」
「俺はいっつも優しいだろ、あほ」
「あ、やぱ優しくない。あほよりアンポンタンのが優しい響きー」
「基準どこだよ」

微睡み始めた恭也の声は、いつもよりふわふわと掴み所がない。これも悪くない。夜、抱き締めて眠れば聞けるだろうか。朝、揺すって起こせば聞けるだろうか。

「じゃー、ごめんけど放課後になったら起こしてー」

ゆるりと閉じられていく瞼を、頷いて見送る。自然に流された肩の貸し出しは、きっとわざとだ。

かくんと晒されたうなじ。セットされた髪が散って、どこか色っぽく見えた。
俺は溜め息を噛み殺して下がった頭を見つめ、撫でようとして思い止まった。

「なぁ、恭也」
「…ん?」
「お前、飯食ってんの」
「うん…たべてる…」
「嘘つけ。知ってんだぞ、昼生徒会室に居たって」

夢うつつの恭也にそう言えば、ゆっくり俺を仰いでニコリと笑う。
そんな疲れきった笑顔で騙される訳ないのに。俺は、それに気付けるくらいこいつを見ているのに。

嫌いだ、と思った。

「ダイエットなうー。…内緒に、してね?」
「…お前は本当、アンポンタンだ」
「ふふー。…かいちょ、ごめんね…」

そのごめんねは、何に向けたものなのだろう。
俺が気付いてる事に?それともはぐらかした事に?もしくは単純に、アラーム扱いする事に対してだろうか。

すう、と閉じられた瞼はもう開かなかった。
頼ってもらえない右肩はやけに寒くて、あってもなくても変わらないんだろうな、なんて。

「あほ。…知ってんだぞ、飯全部吐いてることくらい」

嘘ばかりつくこいつは、嫌いだ。
引き寄せて強引にでも頼らせる事が出来ない、自分の臆病さも。

いくつ好きな所を挙げてもしっくりこないのだ。
ただ、どうしようもなく愛しくて、手をこまねいている時間なんて一秒もない事だけはわかってしまった。

(もたれかかって、ありがとうと言ってほしかったんだ)

前へ 次へ
Mr.パーフェクトTOP