He is ...?

とろりとした夕陽が、畦道に放置された空き缶に反射して瞼を焼いた。

俺は暇を持て余す間閉じたり開いたりしていた目を開け、傾いた太陽の行き先を想像する。

追いかけるように濃いグレーの雲が空に伸びて来ているから、今夜は雨が降るかもしれない。
ならば早く移動した方がいいか、と悩み、まぁいい、と目を閉じた。

運よくコンクリートで上下左右を覆ってもらえているこのバス停なら、例え雨が降りだしたとしても濡れる事はない。それに、寒くもなければ暑くもない。ならば、急いで動く必要はないだろう。

やがて古いエンジン音を響かせながらやってきたバスが、俺たちの目の前に停車した。
プシュー、と開く乗り口。早く乗れ、と急かされているのはわかっていたから、俺は自由な方の左手で行ってくれ、と合図した。

開いた時同様気の抜けた音をさせ、バスの扉がしまる。
それから重そうに、乗客の居ないバスは走り去っていった。

「…ん…?」

あぁ、ばか。バスのやつ、古すぎて煩いから。

右肩に寄り添っていた暖かい生き物が、唸り声を上げて身を起こす。途端滑り込んで来た冷たい空気が、俺の肩に鳥肌を立てた。
しかし、繋いだ手はそのままで。

「まだ、起きなくていいよ、恭也」

長い事眠っていたくせに、一度も離れなかった手を軽く揺する。こうして甘やかすと、彼はふわりと笑ってくれるのだ。

案の定嬉しそうに破顔した恭也は、ゆるりと頭を持ち上げてまた俺の右肩にもたれ掛かった。

「おれ、どのくらい寝てたー…?」
「さぁ。バスが三本通りすぎるくらいかな」
「起こせばよかったのにー」
「勝手に寝たんだから勝手に起きなよ」

ふふー、と脱力した笑顔が、並んだ体勢では少し見辛い。
俺は仕方なく肩に乗った頭に自分の頭を傾け、手首に巻いた包帯同士を重ねるように腕を絡めた。

いつまで経っても治らないその傷は、俺たちの存在をリンクさせている。

「麻侍…」
「何?」
「次のバスは、乗ろーね」

これ以上くっつけないのに、恭也はもっととねだるように俺に身を寄せた。
暖かい。それは恐らく、あの赤い夕陽よりも穏やかだろう。

「いいよ。なら、寝ないでね」
「ん。頑張るー。どこに着くかなあ」
「適当でいいじゃん。日本に飽きたら海越えちゃう?」
「いーね、それ。わくわくするー」

うつら、うつら。
恭也の眠たげな声が、誰も居ない畦道へと消えていく。

俺は目を閉じた。
もう少しだけ、こうしていたい。バスが来るのはもうすぐだと、知っていたから。

けれど、微睡んだ声が俺の意識を手繰り寄せた。

「ねー、麻侍、俺のことすきー?」
「なんなの、急に」
「なんとなくー?気になった」
「ふぅん」

なんだそんなこと。
俺は僅かに呆れた笑みを浮かべ、また目を閉じた。明るい夕陽のせいで、そこは辛うじて暗闇にならずすんでいる。

「さぁね…好きとか嫌いとか、お前にそんな感情はないよ」
「そーなの?じゃあ、どうして俺を連れてくの?」
「必要だからだよ」

ふぅん、と適当に頷いたのは、今度は恭也の方だった。

遠くから古めかしいエンジン音が聞こえてくる。
やっぱり早いな。俺は内心溜め息を吐いて、きゅ、と手を握り直した。

「なら恭也は、どうして着いてきたの?俺が、好き?」
「うーん…好きとか嫌いとか、麻侍には当てはまらない気がするー」
「はっ。なんだよそれ、同じじゃん」

クスクス、笑う声。
近付いてくるバスの気配。そう言えばここは、風の音も田んぼの水音も何も聞こえない。俺と恭也とバス。三つの存在で成り立っているようで、気付いたら笑ってしまいたくなった。

「バス、もう来るねー」
「そうだな。いらないものはここに置いていきなよ」
「だいじょーぶ。俺手ぶらー。麻侍は?」
「俺?…あぁ」

足と右手をブラブラさせる恭也に聞かれて漸く、俺はポケットの中で震える機械を自覚した。
仕方なく取り出してみると、知らない番号からの着信だ。

「だれ?」
「さぁ?知らない。これも置いていこう」
「うん」

はちいちはちいち。なんとなく下四桁を呟いてから、携帯をそのままベンチに置いた。
やがて到着したバスが、俺たちの面前で停まる。

立ち上がりながら、俺は恭也に問い掛けた。

「なぁ」
「んー?」
「どうして俺に着いて来ようと思ったの?」

された質問をもじって返した俺に、恭也は少しキョトンとして、それからまたふわりと笑う。

「そんなの、簡単だよー」

いい日だ。バスに揺られて、これからどこにいこう?

「麻侍は、俺の神様だもん」

ーー俺たちを乗せたバスが、ゆっくりと動き出す。
バス停のベンチに置かれた携帯は、健気にランプを点滅させながら、震え続けていた。


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