放課後になったら生徒会室へ向かうのが、役員である俺の日常だ。
今日も今日とて生徒会室へ向かう道すがら、とことこ廊下を歩いていると、見知った顔が見えて顔が綻ぶ。

「あ、たいちょーだ」
「志藤様!」

くるんとした可愛い天パを揺らした俺の親衛隊長は、さっと顔色を青ざめて俺の進路に立ちはだかる。
…うん、俺より小さいからね、立ちはだかれてないけどね。

「あ、あの、今日はいいお天気なので、外から行きませんか?僕がお送りします」
「えー。でも遠回りだよ?」
「急がば回れというじゃありませんか。ね?ね?」

彼はなんとしても俺をこの先に行かせたくないらしい。
慌てふためく姿がいじらしくて、俺は何も知らないふりで頷いた。

「いーよ。たいちょーのお誘いは断れないねー」
「ありがとうございます。では、行きましょう!」
「はいよー」

小さな身体だ。背もまだ成長過程で、肩幅も狭い。
そんな華奢ななりで、俺を何から守ろうとしてるのかなんて、俺には痛いほどわかっていた。

「須藤様、最近少し痩せましたか」
「んー?全然。お腹ぷにってるよー」
「嘘ばかりおっしゃらないでくださいよ…」

廊下の向こう。購買の入り口に出来た小さな人だかり。
ーーその中には、きっと。

+++

小さな隊長にしっかりがっつり生徒会室へ送り届けられた俺は、一つの空席を残した全メンバーと仕事をしていた。

須田会長を始めとして、書記の和野、庶務の阿笠。あとは会計の俺須藤と、副会長の田所。
五人揃う事はあんまりないけど、皆生徒会の仕事に手を抜かないから、滞る事もない。顧問の先生いわく、今年のメンバーは当たり、だそうだ。

「きょーや先輩」
「なーに、和野君」
「この書類、どの書式でやればいいっすか」

どっから見ても不良なのに、和野君はいくつもの資料と共に俺のデスクへやってきた。真面目だ。真面目過ぎて可愛い。

「テンプレ入ってなかったー?」
「あるんすけど、ありすぎなんです」
「なにそれー」
「あぁ、和野の好きなテンプレ使え。毎年書記やってる先輩が、自分の使いやすいの作って保存してんだ。だから規定の書式はねーよ」

俺たちが首を傾げるのを見かねて、会長が助け船を出してくれた。
俺も今年のメンバーは当たりだと思う。まず頼り甲斐のある会長が大黒柱やってるってだけで、安定感がある。

「あざっす。きょーや先輩、すいません」
「いいよいいよー、俺役に立たなかったしね」
「和んだからいいっす」
「あは、和野君おもしろいっすー」
「和野!お前恭也先輩ばっか構いすぎだから!座れ!そして仕事しろ!」
「阿笠うざ。あがさじゃなくてうざさだろ」

大人しそうなのに不良の和野君にもガンガン噛みつく阿笠君は、和野君に向かって消ゴムを投げた。
わいわい賑やかに始まる口喧嘩。生徒会室では、これも日常の内だ。

「恭也」
「はぁい、なに?」
「あれ止めてこい」
「えー俺が?やだよー」
「大丈夫、すぐ止まる。俺がいくとヒートアップするから」
「えー…」

早く、と目で急かす会長に溜め息を吐いてデスクから立ち上がる。
何故か胸ぐらを掴みあってぶつぶつ呪詛を吐き合う後輩二人は、その顔面の近さに気付いてないみたいだ。これ、逆にすごい仲良しだよね?

「ふったりっともー」

どーどー。手のひら一枚分しかない隙間に手を潜りこませる。
と、同時に近いところにあった扉がばん、と開いた。

「あ、ふくかいちょー」

お疲れさまです。揃った声が後輩から上がる。会長は適当に片手を上げて副会長を迎えた。

副会長はふと室内を見回して、俺たち三人に目を留める。そして不機嫌そうに近付いて来て、俺のふくらはぎをべしっと蹴った。

「おわっ」
「きょーや先輩!」
「恭也先輩!?副会長!」

咎めるみたいな阿笠君の声がして、たたらを踏んだ俺の手を和野君が引き留めた。
固い革靴がダイレクトに当たったふくらはぎは、少し痺れている。

俺はそこを軽く撫でて和野君の手を離し、副会長を見上げた。彼は俺を見ない。

「田所、いきなりはねーだろ」
「だって目障りだったから」
「何が」
「会計が」

ポカンとする三人分の目が、副会長に向けられる。
俺はぽりぽり頭を掻いて、とりあえず口を開いてみた。

「あー、ごめんねふくかいちょー」
「須田、俺の仕事は?」
「田所…お前なぁ…!」
「めんどくさいなぁ。もう会計にやらしといて」
「わかったー」
「認めねーよ!おい、田所!」

結局一度も目が合わないまま、今日も副会長は生徒会室を出ていった。
大きな溜め息を吐いて頭を抱える会長は、がたんと立ち上がってこちらへ近付いてくる。

「恭也、来い。和野と阿笠は救急箱と氷」
「っす」
「はい!」
「ええ、かいちょ、何ー…」

指示を飛ばした会長にソファに転ばされ、靴を脱がされる。その間に後輩二人は部屋を出ていった。
よくわからないままされるがままになっていれば、少し冷たい手のひらがさっき蹴られた場所に押しあてられる。

「熱持ってる」
「そーなの?大丈夫だよー痛くないし」
「あほ。もう色変わってんだぞ。痛くねー訳あるか。あほ」
「あほって二回も言ったー…」

でも、確かに会長の言う通りあほなのかもしれない。
副会長が目障りだって言ったんだから、俺は気付かぬ内に何かをやらかしてしまっていたんだろう。

いつもいつもそう。俺は後手に回るばかりで、中々彼の理想になれない。出来ているのは、約束を守るという基本的な事ばかりで、応用がきかないのだ。

「お前ら、いつもあぁなのかよ」
「あぁって?」
「部屋で会う時くらいは、まともに会話出来てんのかよ」

冷たい手のひらが段々温まって、そしたら逆の手を当ててくれる。会長は相変わらず優しくて、そのギャップが面白い。

「話したくないんだって。だから喋んないよ」
「…は?」
「もう数年はそんな感じかなー」

そんな副会長を楽しませる話術なんて俺にはなくて、だから黙っているしかない。それでも、部屋に呼ばれる事は稀だから全然構わなかった。

「おかしいだろ、それ…」

沈んだ声。きっとまた暗い色のアメジストが輝いてる。
俺はうつ伏せのまま腕の中に顔を伏せ、逃げるように笑ってみた。

「せめて、名前くらい呼び合うもんだろ、普通は」
「かいちょ、普通って何?」

くぐもった声で言う。わかってほしいなんて思ってないし、足踏みを揃えなきゃとも思っていない。
大体において、皆は前提を履き違えてるんだ。

「名前なんて呼ばないよー。それはさぁ、約束を破る事になるでしょ」
「約束…?」
「そー。約束。破ったらねー、捨てられちゃうから」

(それに比べたら、青黒い蹴り跡だって愛しくて)

前へ 次へ
Mr.パーフェクトTOP