だから、金本椎名に傷つけられ、死のうとした恭也を引きずり込んだ。
約束は、覚えている。朦朧とした恭也に告げた、彼の心を踏みにじる五つの約束だ。

それはあの時確かに、義郎から可愛がられてなお自分を卑下する恭也への当て付けだった。
俺と同じように苦しむ姿を見たかった。そうすれば、心が晴れると思い込んでいた。

けれど、何年も何年もひたむきに追いかけられて情が沸いてしまったのだけは誤算だった。他でもない、憎かったはずの恭也に、だ。

だから、わざと冷たく突き放すようになった。俺から興味がなくなるように。でないと、全て打ち明けて、助けてとすがりつきたくなったからだ。


しかしそんな葛藤も、もう終わろうとしているんだろう。

どうやってこの閉鎖的な学園の中を調べたのか、恭也の現状が義郎にバレてしまった。
即ちそれは、俺の職務放棄が明るみになったということだ。

散々詰られ、聞くに耐えない脅しをかけられ、更にはもう学園に通う金を返してもらおうと言われた。

彼が提示した俺の未来は二つ。
父と同じようなブラック企業で飼い殺されるか、義郎の元で汚れ仕事をしながら飼い殺されるか。

どちらに転んでも、今とたいして変わらない。けれど、俺はもう限界だった。

「恭也…」

ポツリと溢した名前が、酷く恋しかった。

今ごろはきっと、須田が恭也を見つけて保護しているだろう。
そうしたらたくさん甘やかされて、恭也は須田を好きになる。幸せな未来だ。抱き締める事すら出来ないペットの俺と、正しい須田では雲泥の差。どちらを選ぶかなんて、わかりきった事。

「自棄になってんの」
「…」

唐突に話しかけられ、俺は腕を退けて胡乱な目を声がした方向へ向けた。
全く気配がなかった事には驚いたが、その人物を見て成る程と納得する。

「阿笠、だったっけ」
「副会長知ってたんだ、俺の名前」
「有名だからな。裏で」

生徒会の後輩庶務は、人畜無害な顔面をつまらなそうに歪め、開けっぱなしだった扉を閉めてそこに背中を預ける。
誰とも話したくない、と突っぱねたところで、動く気配はなさそうだ。

「なんか用?極道の跡取り息子さん」
「それ、やめてくんない?一応学園では生徒会の元気っ子庶務で通ってるんだから」
「表では、な」
「裏もそうだよ」

ニコリと笑った阿笠は、片手に持ったままだった携帯を少し操作してポケットに突っ込む。
そして気だるげに腕を組み、小さく溜め息を吐いた。

「恭也先輩、見つからないんだけど」
「へぇ。須田何やってんの?」
「血相変えて探してる。成果はないけどね」

期待を裏切って、須田は役目を全うしなかったらしい。
俺が呆れていると阿笠も同じような表情を浮かべていたから、もしかしたら同じ事を考えていたのかもしれない。

「で。自棄なの?」
「何が?」
「わかってんでしょ。あんたと、恭也先輩の狸じじいの事だよ」
「勝手に嗅ぎまわんのやめてくんない?趣味悪い」
「仕方ないでしょ。思ってたより会長が役不足だったんだから」

辛辣な台詞だ。とても、普段の姿から想像出来ない。
あらゆる事に精通しているとまことしやかに囁かれているのは知っていたが、火のないところに煙はたたないのだろう。どんなネットワークなのか、阿笠は俺の立場を正確に理解しているようだった。

「言うね。あんなに恭也を須田とくっ付けたがってたのに」

弱っていく恭也を構い倒し、ベッタリとくっついているのを後押ししていたのは他でもない阿笠と、書記の和野だ。
いくら須田が恭也を見つけられないからと言ってすぐにお役ごめんというのは、些か審美眼が厳しすぎる。

嘲るように笑いかけてやると、阿笠はふん、と鼻を鳴らして目を伏せた。

「別に、須田じゃなきゃだめだって訳じゃない。一番まともだと思ったから」
「あいつはまともだろ。まともじゃないのは、俺とかお前みたいな人間だ」
「それが、そうでもないみたいでさ」

そこまで困っていなさそうに、しかし困っていますと言いたげな表情が俺を見る。

「居なかったから知らないでしょ。須田、輪をかけて恭也先輩に甘くなった」
「それが何?」
「異常だよ。一見幸せそうに見えるけど、依存させようとしてんのが見え見え。別に恭也先輩がそれでいいなら問題ないけど、あのままいくと気付いたら心中とかしてそうだなって」

あっけらかんと言ってのけるが、内容が気持ち悪い。
俺が顔をしかめたのに気付いた阿笠は、話逸れた、と頭を掻いた。

「だから、俺はまともな奴と恭也先輩がくっつくのは諦めようかと思ってね」
「へぇ。…で、俺に何の用?」
「どうせ恭也先輩の周りには異常な奴しか集まらない。だったら、恭也先輩が選ぶ人でいいじゃない?」
「…」
「あんたなら、居場所わかんでしょ」

ニヤリと上がった口角に、人畜無害な元気っ子庶務の面影はなかった。

「その口振りだと、お前こそ恭也の居場所わかってるんだろ?」

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