He is ...?


ーーそれから俺たちがどうなったのかを、少し話そうか。


代わり映えのない日々の中で、変わった事がいくつかあった。

俺と恭也は無事恋人同士として収まり、ずっと一緒に過ごしている。
校内では二人一組みたいな扱いが浸透し、たまーに別行動すると決まって「え、一人?」と驚かれるようになった。

恭也は毎度「どうしてかなー」と首を傾げていたけど、俺は笑いを堪えきれなくていつも変な顔になってしまう。
それだけ一緒に居ても飽きの来ない関係は、恐らくこの先恭也以外と築けやしないだろう。

そして、恭也はメキメキと明るさを取り戻し、今では様々な感情を素直に顔に乗せるようになった。
元々人気のある恭也だから、更に信者が増えたのだけは悩みの種だ。まぁ、あいつの親衛隊隊長を務める後輩は中々筋のいい奴で、うまく大勢のファンを纏めているらしい。
定期的にお菓子パーティに顔を出す恭也が楽しそうに様子を語ってくれるのが、可愛いからよしとしよう。

そして、田所との事も、決着がついた。
ーーつい今しがた、目の前に差し出された一枚の紙切れによって。

「ほい、あげるよそれ」

夏休み直前の今日も、俺達は生徒会室で仕事に励んでいた。
恭也にいらないと吐き捨てたあの日からすぐ、再び"家の用事"で学園から姿を消した田所が戻ってきたのは、数日前の事だ。

生徒会の仕事はよっぽど要領がいいか、天才型の人間にしか務まらない。つまり、波はあるがそれだけ忙しい。

だから、俺がリコールの準備を進めずとも、長期間学園をあけた田所は自然と副会長職を他の生徒に引き継ぐ流れとなった。

その宣言を終業式で行い、夏休み中に後任を口説き落とすつもりでいた俺だが、田所は意外にも跡を濁さない鳥だったようだ。

「そうきたか」
「副会長の立場に未練なんてこれっぽっちも湧かないんだけど。引きずり下ろされんのは、好きじゃなくてさ」

いつも通りの四人で仕事をしていた俺達の前に現れた田所が、俺のデスクに放った紙切れ。
それは、生徒会役員職の辞職願いだった。

田所はやる気なさそうにポケットに手を入れ、ふんと鼻を鳴らす。
あの日の荒んでいた表情は成りを潜め、今は初めて会った時のように飄々としている。

「踏ん切りがついたのかよ」

恭也も、和野も阿笠も黙って成り行きを見つめているから、俺が口を開くしかない。

問えば、彼は意味がわからないと言いたげに首を傾げた。

「なんの事?」
「わかってんだろ」
「さぁ?どうだろうね。どうでもいいけどね。須田は相変わらず面倒だ」
「そうかよ」

予想通りはぐらかしてきた田所に笑い返し、俺は手元の紙に自身の印を押した。

あっさりしたものだ。赤い判子一つで、俺達の縁は途切れるのだから。

「あ、それと。俺学園辞めるわ」
「…」
「え!?ふくかいちょーやめちゃうの?」

唐突な爆弾発言に、俺はそこまで驚かなかった。けれど恭也は我慢出来ず、驚愕の声を上げる。

田所はつい、と俺の隣のデスクに目をやり、片方の眉を器用につり上げた。

「そうだけど、何?」
「どーして?」
「お前に関係なくない?」
「…ないかもだけど、気になるよね?」
「ないかも、じゃなくて、ないんだけど?」

疑問系だけで会話が成り立っている。
俺は笑ってしまいそうなのを意地で堪え、隠せない呆れ顔を田所に向ける。
ちなみに和野と阿笠は俯いて、小さく笑っていた。

「踏ん切りがついたんだな」
「さぁね。少なくとも、面倒なあいつを面倒なお前に押し付けられたからスッキリしたよ」
「俺めんどーだけど、薫はめんどーじゃないよ?」
「わからないのは当事者だけってな。似た者同士仲良くやってろよ」
「へへー、うんっ」

似た者同士という言葉が嬉しかったのか、辛辣な田所にも動揺せず恭也はニコニコと頬を緩めた。

「相変わらずお前はニヤニヤしてんな。気持ち悪い。笑うのやめれば?」
「えー、無理だよ、嬉しいんだもん」
「あ?じゃあ死ね」
「無理無理ー!薫が泣いちゃうもん」

ほ、と後輩二人が肩から力を抜いた。
俺は、今までなら考えられない二人の会話に、ただ穏やかな気持ちを感じていた。

「…ふ。なんっだそれ、お前ホントうざいね」
「えー…」

田所は、珍しく…というより初めて見る顔で、吹き出して笑った。
嘲笑ばかり浮かべていた場所に広がる楽しそうな顔。けれど、俺には少し、泣く寸前のそれに見えた。

「どうよ。可愛いだろ俺の恋人。…やんねーよ?」

中指を突き立てて言った田所の言葉を使ってやると、彼は腹を押さえて笑いを噛み殺した。そして浮かんだ涙をぐいと袖で拭い、俺に向かってまた中指を突き立てる。

「いらないよ、俺には必要ないから。…くくっ、はー、ホント馬鹿馬鹿しい茶番」
「門出に相応しい喜劇だろ」
「そうかもな。じゃあ俺も一つ、掻き回しておくか」

ひくつく喉を抑え、田所は背を伸ばした。
不思議そうに目を丸くする恭也を見、それから殆ど関わろうとしなかった和野と阿笠を見、最後に真っ直ぐ俺を見据える。
そしてニヤリと口角を上げ、腰に手をついてふんぞり返った。

「もう知ってるだろうけど、その会計、童貞処女だよ」
「え、嘘だろきょーや先輩!?」
「うわぁすごい破廉恥な暴露…」
「…っ!?!?」

真っ赤になって机に伏せた恭也。立ち上がって驚く和野。口許を隠して笑いを堪える阿笠。
三者三様の反応を返す中、田所は手を伸ばして俺のネクタイを引き寄せた。

「だから…せめて須田は、あいつに優しくしてやれよ」

耳に唇が当たりそうな距離で、田所は小さく、頼りない声で囁く。
そして何事もなかったかのようにネクタイから手を離し、恭也の座る副会長席に置いたままだった僅かな私物を取った。

「ひどいよ…ふくかいちょー、それってセクハラだよー…」
「うるさいなぁ。嘘じゃないんだからいいだろ。全く、恭也も須田なんかのどこがいいんだか」
「………っ……、た、田所くん!」

踵を返した田所は、強い恭也の声に立ち止まった。
振り返らない背中に、恭也はそれでも声をかける。

「あり、…がと。ありがと、田所くん」

それは、決別の言葉だった。
田所が恭也の名を口にしたように、恭也も別れの代わりにそう言ったのだ。
しんと静まり返った室内。けれど、そこに満ちていたのは気まずさではなく、わかりにくい優しさだった。

「…ホントうざいね、お前は」

ヒラリと後ろ手を振り、田所は歩き出す。
生徒会室を出るその背中に、もう誰も声をかける事はなかった。

「きょーや先輩…大丈夫っすか?」
「おい和野、空気読もうよ…」
「読んだ結果だろうが!うっせ!」

それなりに恭也と田所の関係を見てきた後輩二人は、少し狼狽えている。
しかし恭也はコテンと首を傾げ、椅子に座り直して柔らかく笑った。

「だいじょーぶ。俺には薫がいるもーん」
「まぁな。最高の恋人だろ?」
「うーん…や、それなんか違うー」
「え、じゃあなんすか?やっぱ須田はダメンズっすか?」
「いやいや和野、失礼だろ会長に。会長はただちょっとだけ惜しい人なだけだから」
「お前らなぁ…」

好き勝手ほざく後輩は、あれやこれやと俺について議論している。全く敬われていない気もするが、仕事に関しては俺の指示を信頼してくれているので放置する。プライベートでは少しフランクなくらいが、この二人と付き合うにあたって潤滑にいくだろう。…少し、ではない気もするが。

げんなりしつつ恭也を見ると、彼はじっと俺を見つめていた。
そしていきなりぱっと顔を輝かせる。

まるで俺しか見えていない。
そんな瞳の色が、心を愛撫していくようだった。

「うん、やぱね、薫は最高ってゆーより…」

なぁ、恭也。
ずっと一緒に居ような。

「完璧な恋人、かなぁ」

ずっとずっと、…ずっと。

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