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「え?」
キョトンとした恭也は、小首を傾げてパチパチと瞬いた。
「どこにー?」
「秘密」
「え。じゃあ、いつ?」
「今から」
「ええっ。どして?」
「お前が好きだから」
要領を得ない俺の答えに、彼はパパッと顔を赤くして目を泳がせる。
俺は色付いた頬を撫でてから、肩に置かれた未だ包帯の取れない手首を軽く掴んだ。
「お前を連れて行きたい場所がある。…何も聞かないで、着いてきてくれねーか」
本来なら、もっと早く連れて行くべきだった場所だ。
言葉が伝わらないなら行動で、と決めた俺が掴んだ真実。
傷が癒え始めた今なら、恭也を連れて行ける。
「何も…聞いちゃ、だめなの?」
「あぁ。この先も俺を信じたいなら、何も聞かないでほしい」
「聞いたらどーなるの…?」
嫌いになる?捨てる?
恭也の目はそう問うていた。
俺はゆるく首を振り、苦笑してみせる。
「そうだな…もっとここがドロドロになって、部屋から出したくなくなるかもしんねー」
自らの胸の真ん中を指し叩く。
信じてもらえていないなら、信じてもらえるまで頑張るだけだ。しかし、そうなると俺は恭也を甘やかしすぎるだろうから。
恭也が想う以上に、俺も重いのかもしれない。
「だから、聞きたかったら聞いていい。その程度じゃ、離してやれそうにねーから」
みっともない本音だ。
恭也は驚いたように丸くしていた目を、ふにゃりとすがめる。
そして可笑しそうに笑い、さっき叩いた俺の胸に手のひらを当てた。
「えー、俺軟禁?」
「いや、監禁?」
「ふはっ、ちょっと、聞きたくなってきたじゃーん」
楽しそうに笑い声を上げ、身体から力を抜いた恭也は俺の肩に頬を当てもたれかかる。
自然と寄り添ってくれるこんな時間が、酷く幸せだ。
「ここにどんなのが詰まってるか、いつか教えてね」
「いつか、な」
「うん。…いーよ、着いてく。なんも聞かない」
「そうか」
擦り寄る恭也を抱き締めて、俺は微笑んだ。
聞かれなくてよかった、とも思うし、聞かれなくて残念だ、とも思う。
「じゃあ、行くぞ。明日は久しぶりに学校行くんだから、早く帰って来ねーとな」
「ん」
頷いた恭也が立ち上がり、着替える為寝室へ向かう。
俺はその背中を見送りながら、ただ、閉じ込めてしまう甘い妄想を噛み砕いていた。
+++
恭也を連れて訪れた場所は、俺自身初めて来る土地だ。
学園から車で二時間。叔父が用意してくれた車から降りたのは、住宅街のど真ん中だ。
「薫ー、ここどこ?」
「あー、俺も詳しくは知らねー」
「そーなの?ふぅん…」
学園の中にいる時と同じように、俺の左手は恭也の右手と繋がっている。
チラホラと歩いている町の人の視線は、あまり気にならない。それは恭也も同じようで、いつもと何ら変わらない表情で歩いていた。
「こっち」
「ん」
メールに書かれた番地を追っていくと、極一般的な外観の、一般よりは少し大きい一軒家が見えてくる。
広々とした庭には小ぶりな桜が植えられ、花壇も手入れが行き届いて、今の季節らしく色とりどりの花が咲いていた。
「…ここだな」
「……」
目的の家の門前で立ち止まると、繋いだ手に力が込められた。
左隣を見る。
恭也は、薄い唇を噛んだまま、何かを必死に耐えていた。
「…信じてくれるか」
きっと、後退ってしまいたいんだろう。
帰りたい、と顔に書いてあるのがわかる。
それでも、俺を信じて恭也はこの場に留まってくれていた。
「薫は…俺が信じたら、うれしい…?」
不安で仕方ない。そんな瞳が、あからさまに揺れながら俺を見た。
それほど変わらない高さの視線なのに、庇護欲を誘われるのはどうしてだろう。
「嬉しい。何も聞かないで着いて来てくれたのも、頑張ってここに居てくれんのも」
「…そっかー」
「俺は絶対隣に居る。勝手にお前を置いて行かない。これだけは、先に言っとく」
「うん」
頷いた恭也は俯き、暫くして顔を上げた。
不安そうな表情はそのままだが、俺を見つめ返す瞳に逃げはない。
「俺、薫の事信じてるよ」
「ん」
恭也はゆっくりとインターフォンに指を伸ばした。
真新しい小さな機械から、平凡なチャイムが聞こえてくる。
『はい?』
「こんにちは、須田と申します。約束通り…恭也君を連れてきました」
『…っ』
プツリと途切れたインターフォン。
恭也は、繋いだ俺の手を更に強く握りしめた。
「薫…」
「大丈夫だ。言っただろ、俺が居る」
俺はそれをギュッと握り返し、玄関の扉がけたたましい音を立てて開くまで、『志藤』と書かれた表札を見つめていた。
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