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 何から訊くべきかと悩む大雅は、一先ず当たり障りのない話題を諒太へ投げかけた。

「今日……何乗ったっけ」
「え、観覧車以外は全部乗ったじゃん」
「あー、そうだった。悪い」
「ううん。最初から飛ばしすぎたし、大ちゃん疲れてるんだよ。暑いの苦手だもんね」

 大雅は苦笑を返すが、末恐ろしい疑問にぶち当たる。諒太は嘘を吐かないから全部と言ったら全部なのだろうが、男二人でメリーゴーラウンドやティーカップにも乗ったのだろうか。非常に気になるが、確かめる勇気はない。心の安穏を守るためにも、疑問ごと夏空の彼方へ投げ捨てておくべきだろう。

「つーか、なんで二人で来てんだっけ」
「……ホントに大丈夫?」

 寒がりなせいか真夏でも涼しげな諒太は、心配そうに大雅の首筋へ自分のドリンクを当てる。対照的に暑がりで汗かきな大雅は、カップから滴る水分がシャツの隙間から背筋を流れていく冷たさに息を吐いた。

「大丈夫だって。ど忘れってやつだろ」

 カップを押し返すと、乗り出していた身を引いた諒太がストローを噛む。

「そっか……この間も言ったけど、愛希奈にもらったチケット、掃除中に見つけたから」

 予想通りの答えを得て、一先ず経緯は把握できた。しかし、納得はまた別物だ。

「お前さあ、次から、こういうとこに来るなら女の子誘えよな」

 目を見て言う自虐行為には耐えられず、蛇行するジェットコースターの動きを眺める。腹の中に溜まった水分の重みには辟易としているのに、間がもたず無理に炭酸を口にした。
 すると肘の辺りに温度の低い指先が触れ、暑いはずなのに鳥肌が立つ。勢いよく諒太へ顔を向けると、彼はベンチに片手をついてすぐ傍まで迫ってきていた。

「大ちゃんは、それが正しいと思う?」

 笑みのない真剣な眼差しに、思考が絡めとられていく。みいん、みいん、と騒ぎ立てる蝉の声が耳の中で木霊した。使い物にならない頭では、諒太の言葉の意味が噛み砕けない。

「俺が大ちゃんじゃなくて、女の子を誘って遊園地に来たら正しいの?」
「な、んだよ諒太、近えし……」
「俺は一番一緒にいたい人を誘ったよ。それが俺にとって正しいことだから」

 諒太が口を動かす度に、甘酸っぱい林檎の香りがした。キスをして舌を吸えば、もっと甘い味がするのだろう。
 ごくりと喉が鳴る。性欲に揺さぶられる己が、何か途轍もなく汚れた存在に思えた。

「わ、かった、わかったから、離れろって」
「ううん、わかってない。だって大ちゃん最近すぐに女の子の話する。俺が一緒にいるのは迷惑?」
「なわけねえって、ただお前、男の幼馴染にくっついてる暇があんなら、彼女と青春したほうが楽しいし幸せだろ」
「皆の幸せと俺の幸せは同じじゃないよ」

 信じていたものが覆されたような、何重もの目隠しを一気に剥ぎ取られたかのような心許なさに襲われ、言葉に詰まる。
 動揺を間近で観察していた諒太は、やがて助け船に似た微笑みを浮かばせた。

「ごめんね、意地悪しちゃった」
「……意地悪、て」
「だって大ちゃんが女の子女の子って、俺を遠ざけようとするんだもん。だからね、ちょっとだけ仕返し」

 諒太が身を引いてベンチに座り直すと、身体の強張りが解ける。ホッと息を吐くが、いつの間にか大雅を手の平で転がせるまでに変わった諒太は、まるで知らない男に思えた。

「お前さ……変わったよな」
「ホント?」
「俺を問い詰めたり、ズケズケもの言ったりしなかったろ。……いや、今まで俺が我慢させてたんだよな」
「そうじゃないよ」

 諒太が手持ち無沙汰に揺らすカップから、ガシャガシャと氷の暴れる音がする。木漏れ日の隙間から空を見上げる横顔にかかった影は、茂った葉の模様をしていた。

「大ちゃんはいつも俺の願いを全部わかっててくれたし、言わなくても叶えてくれたよ。だから何も言うことがなかっただけ。我慢なんて一回もしたことないもん」
「なわけねえだろ」
「ホントだよ。なんで疑うの?」
「だってお前、それじゃあ卒業式の日……」

 あの日大雅の告白に頷いたのも、一年半もの間恋人として過ごしていたのも、諒太の願いだと言うのだろうか。
 今隣にいる男へ問うわけにもいかず、口を噤む。すると思考の海へ飛びこむ前に、諒太は小さな溜め息で大雅を呼び戻した。

「うん……あの日は目が覚めた気分だった」

 並んで座る二人は、それぞれが違う同日を思い起こしている。それはとても不思議な気分で、何も言葉が出てこない。
 虚空へ視線をさ迷わせていた男は、ゆっくりと頭を傾けて大雅を見据えた。

「言えなかった後悔は残るって、言われるまで気づかなかった。俺にもちゃんと、言いたいことはあったのにね」
「……言いたいこと?」
「好きな人に好きって言うこと。だからね、何もしなくて何も言わない俺をやめたんだ。今はその人に、男として見てもらおうと頑張ってるところ」

 ドクンと心臓が変な音を鳴らしたのは、熱中症になりかけているせいだろうか。
 白々しい解釈で自分を慰める大雅は、か細い声で「そうか」と言うほかない。しかし正しい未来に突き進む背を押すくらいは、不必要な左手でもできる気がした。

「心配ねえよ。お前なら大丈夫だ」

 ドラマで見た青春のワンシーンを手本に、諒太の背を力強く叩く。撫でてばかりいたせいで加減がつかめなかったが、諒太は痛がるどころか嬉しそうに破顔した。


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