Cendrillon−06




世の中には地雷というものが存在する。
これまでの人生悲しいかなその手の物には割と縁があり時折無意識に踏み抜いて後から痛い目を見るという経験は何度かあった。
何度も経験するうちにまぁそれも人生だと割り切って、対処法を身につけていくのが大人になるという事だと思っていた。
だが…この年になって改めて遭遇すると言う事もあるのだ、新型の地雷に。
予測不能対処不能。
あまりにデリケートすぎるこの地雷の対処法を俺は知らない。
おーい、バニーちゃん。
俺、お前がつかめねぇわ…






不穏な気配に嫌な予感がした俺が恐る恐る後ろに立つバニー様子をうかがうと手元の通信機から斎藤さんに連絡し、現場の状況、関係者の詳細、ヒーロースーツの出動要請まで勝手にやり始めたので咄嗟に後ろ頭をはたいて止めた。何この段取りの良さ。飲み会の幹事とか任せたら案外うまいんじゃないのこの子。
「いや、もう犯人も反省したと思うから止めときなさい。それで納得いかないなら今度痴漢防止のポスターの仕事でも貰ってきてあげるから」
まだ不満げなバニーの恨めしげな視線を受け止めながらどうどうと宥めかす。
一応被害者は俺なんだけどなー、なんでこんな気苦労をしなきゃいけないのか。と言うかバニーちゃんなんか異様に怒ってない?そりゃ痴漢は女性の敵っ!って憤る気持ちは判るけどさ。
「…オバサンがそう言うのなら」
身長の関係上頭ではなく背中を軽く叩いていると怒気の落ち着いたバニーの声がかかる。よし、鎮火。
「おー、いい子いい子」
背中を伸ばして頭を撫でようとしたが座ったままなのでおでこまでしか届かなかった。
撫でてから怒るかなー、と思ったが拍子抜けするほど大人しかった。やっぱり女性相手には普段より許容範囲が広いらしい。まぁ、当然っていや当然だな。
「…そ、そう言えば朝一番で執務室に来るようにと、ロイズさんが昨日言ってましたよ」
しばらく撫でていたかったがはっとしたように気を取り直したバニーはそう言いながら姿勢を正してしまった。そうなると背の高いバニーの頭部にはどう頑張っても届かなくなってしまう。丁度掌の高さにある胸筋を撫でる訳にもいかないので、そのまま手を下す。
「…?どうしましたか。行きますよ、オバサン」
「あー…いや、俺この状況なんだけど…この格好のままで行っていいかな?」
「…まぁ、小言を言われる可能性は高いですね」
靴が壊れた為履いているのはペラペラのスリッパ(朝一番で土足厳禁区に置いてある備え付けのをのパチって来た)、破けたストッキング(会社にくる途中にあちこち引っ掛けた)、スッピンノーメイク(いや、化粧品は一応持ってるけど使い方が判らない)…まぁ、朝出てきた時より各段に劣化してる。
化粧は総務のおばちゃんに教えてもらおうと思ってたのにこういう時に限って休みだし。
「お姫様だっこしていきましょうか?」
「…いや、この状況なら違和感ねーかもしんないけど、俺の心にダメージ大だから、遠慮しとくわ」
何よりきっと社内騒然となるから。女子社員がキャーキャー言うのが目に見えてる。
って、ちょっと残念そうな顔してない?バニーちゃん。実は熟女好き…?
「ロイズさんには僕から連絡しておきます。とりあえず、この状況を打破できる人は現在一人だけでしょう…」
一度ため息をついた後、今度は電話を取り出し一瞬だけ嫌そうな顔をした後バニーは誰かに連絡を取り始めた。




「あらー、また酷い格好ねぇ」
いいのかよ、こんな朝っぱらから呼び出して。そして呼ばれたらすぐ来るのか。暇なのか、社長。
「うちは優秀なスタッフがそろってるからアタシがちょっと無茶したって平気なのよ」
じゃないとヒーローなんかやってられないじゃない。そう自信満々にネイサンが微笑んだ。バーナビーが連絡してからものの30分もたっていない。高速ぶっ飛ばしてきたんだろうなぁ、あの無駄に馬力のありそうな車で…
持っていた銀のロゴが入った紙バックから靴とストッキングを素早く取り出すと俺の顎に指をかけて、化粧も必要ね、とやれやれと言った顔で笑う。
「サイズと事情を知っててすぐに商品用意できるのアタシだけだから。女子高生に靴買ってこいなんて鬼畜な事言えないでしょう?」
何だよ鬼畜って、と問いかけると耳元で靴の値段を口にする。俺も靴にはこだわる方だからそれがそれなりのお値段であるという事が理解できた。確かに学生が即決で買うのは難しい値段だった。
「じゃ、先にこれお手洗いかどっかで着替えてきなさい…そう言えばアンタ、どっちに入ってるの?」
靴のサイズが問題無い事を確かめたネイサンがストッキングを俺に手渡しながらいらん事をつっこんできた。
「………人がいないタイミング狙って男子用…」
恥ずかしい事言わせんな。
仕返しにそう言うお前はどっち使ってんだよ、って聞きそうになったが直前で飲み込んだ。んな情報頼まれたって聞きたくない。
「この時間は出社直後混むでしょうしねぇ…今は人居ないみたいだし、そこの仕切りの奥で着替えちゃいなさい」
そう言って形だけは整えられた使い道の極端に少ない来客用のスペースを指さす。一応ソファーは置いてあるが半分物置き状態で、古い宣伝用のチラシやポップが置いてある場所だ。
「あぁ、んじゃちゃちゃっと着替えてくるわ」
「一応予備も多めに買ってきたけど、破かない様気をつけなさいね?残りはデスクの一番下に…」
いそいそと奥へ向かう俺にかけられた声が不自然に途切れたのを不思議に思い止まって振り返る。眼前に発色のいい赤が迫っていた。
「…バニーちゃん?」
「お手伝いしようかと」
「…………………」
よし、深い考察は拒否しよう。
バニーの腕を掴んでくるっと一回し、その背中をひと押し。
「大人しく待ってようなー、バニーちゃん」
「…」
無言だが抵抗は無かった。うん、俺もこれ以上理由やらなんやら深く聞きたくなんかないからな。スルーだスルー。
何か言いたそうなネイサンと押し黙ったままのバニーをそのままに俺はさっさとストッキングを履きかえた。




「よーし、徹虎ちゃん復活っ!」
「復活じゃ駄目なのよ。はい、座って座って」
仕切りから出て決めポーズで宣言したらネイサンに顎を取られそのままデスクに座らされる。
「時間が無いから速攻で行くわよ。一回で覚えなさい」
きらりとネイサンの目が光った気がする。間近で見るその目は迫力があり過ぎるので、思わず逃げ出したくなったが、顎を掴まれてるのでそうもいかず必死に耐える。
「んー、元々肌は綺麗なのね。肌理も細かいし…やっぱ人種的な問題かしら。羨ましいわー」
無遠慮に化粧水を肌に塗りたくられ、化粧下地だ、ファンデーションだと次から次に化粧を重ねる。嗅ぎ慣れない匂いに一瞬気分がくらっとなる。
「順番は間違えちゃダメよ。厚塗りもダメ。パフ…えーっと、これの事ね。これで伸ばして余計なの分は拭きとるの。次はアイメイクね…」
目だ眉だ口だと…講義は長々と続き。
「以上よ、覚えた?」
数十分後小さな絵筆みたいなもので唇を塗り終わった後、いい笑顔でネイサンが確認を取る。脅しの笑顔にしか思えない。
「覚えました」
「何でお前が返事するんだ。バニー」
「いいじゃないですか。僕が覚えれば毎朝やってあげますよ。自分でやるよりはるかに速くて楽でしょう」
鏡もいらないし、としれっと隣に立っていたバニーが答える。
そう言われると納得しそうだが、こんな近距離でバニーのイケメン顔見るのか…?ある意味拷問じゃないだろうか。
「それが嫌ならちゃんと覚える事ね」
「う―…面倒臭ぇ…」
そう呻りながらガクッと肩を落とすと、くすくすと言う楽しそうな声。「そうよ、女って大変なの」
お前は違うだろー、とか言いたかったが、ここまでお世話になってそれを言うほど俺も不義理じゃ無かった。
「それじゃ、アタシは今からトレーニングなの。あとは頑張んなさいよ」
そのまま化粧が崩れた時等の注意事項を2、3言った後憧れるほど鮮やかにヒールを響かせてネイサンは帰っていった。




「失礼します」
二回のノックの後、いつもと変わらない声で直属の上司の入室許可の声が返ってくる。
この姿を見せるのは初めてだ。さーて、どんな反応が返ってくるか…
「………」
爪切ってた。
「えーっと、ロイズさん?」
「あぁ、中途半端だと気持ち悪いからね」
手元を見たまま一瞥もくれない。えー。顔くらい上げろよ。
「失礼します」
入口で固まった俺を軽く押しのけて後ろからバニーも入室する。途端に爪切りを置いてこちらを見るロイズさん。何その態度の差っ!格差社会!
「バーナビー君も来てくれたのか。わざわざすまないね」
「いえ、一人で行動して何かあったら大変ですから」
「素晴らしい心がけだ。君と一緒に居れば大丈夫だろう。色々と頼むよ」
「えぇ、判ってます」
にこやかに上司と部下の会話をつづけられ、疎外感。怒られないに越したこと無いんだけどさ。
このまま何事もなく終わらないかなー、と成り行きを見守っていた俺に今度こそ正面からロイズさんが視線を向ける。
頭からつま先へ片道5秒、しっかり二往復した後やれやれと大げさなため息。くるぞくるぞ。
「今回は不運だったね、虎徹君」
「へ…?はぁ…どーも」
しかし、予想に反して第一声は同情の声だった。この状況はどうやら男性陣にはおおむね同情してくれるらしい。
「現在、各NEXT研究機関に問い合わせてる最中だ。何か進展があればすぐに知らせよう。なんならしばらく有給を使って休んでくれたって構わない」
「本当ですか!?」
HERO業務は年中無休だと身をもって判っているが、休めるのならそれに越した事は無い。この状況では外出一つも苦行なのだと今朝の一件だけで身をもって思い知った。家で大人しくしていられればどれだけ楽か。
なんとありがたいお言葉!と即座に有給をお願いしようとした所それを制すようにすかさずバニーの声。
「ありがたい申し出ですが、先輩は犯人逮捕を優先したいので休まない方がいいと思いますよ」
「ぇ」
「だって先輩HEROの出動があったら無理にでも飛び出そうとするでしょう?だったら出社してる方が断然効率がいい。その方が早く男に戻れる確率が上がりますよ」
向けられた顔は穏やかだが、言葉に妙な圧迫感を感じる。こういう時のバニーは言葉の裏に何か隠している事が多い。何かって?大抵俺に都合の悪い事だ。
「それに、先輩は一人暮らしです。他者の身体に影響を与えるタイプのNEXTは作用が予想しにくいですから、何かあった時素早く対処できるように準備しておかないと。場合のよっては命にかかわります」
それってちょーっと大袈裟じゃない?
だが、頑として主張を緩める気が無いのかさらに言葉は続く。
「何より社内に居ればこの『秘密』が外部に漏れる危険性を抑えられます。社としてもそこは重要かと」
最後のひと押しはロイズさんへ。それで決心が決まったらしい。
「その意見も一理ある。虎徹君、いつも通り頼むよ」
一度目の前で輝いた希望が打ち砕かれるのって、すっげーつらいわ…
俺はがくりと肩を下した。



「おい、バニー、なんであんなこと言ったんだよっ!」
帰りの廊下で食ってかかると何を今更、とクールな反応が返ってきた。今は身長差がある分見下ろす目線が余計腹が立つ。
「さっき言った通りですよ。オバサンに休まれるとデメリットが大きい。だからです」
「俺が一人で歩き回った方がデメリット大きいだろうが!社内に居る時はともかく通勤中はどうするんだよ」
「それなら安心してください。僕が送り迎えしますから」
「…は?」
予想外の申し出にぴたりと足を止め聞き返す。眼鏡の位置を直しながら当然と言った様子のバニー。
「通勤中にオバサン一人だから問題なんですよ。僕が毎日送り迎えすれば問題無いでしょう?公共交通機関を利用しなければ今朝みたいなことも起こらないし」
痛い所を突かれた。う、っと口ごもる。
「それに、ロイズさんからも頼まれましたから?」
「…何をだよ」
その時のあいつの笑みを俺は忘れない。少なくても数日は夢に見そうだった。
「『君と一緒に居れば大丈夫だろう。色々と頼むよ』って、おっしゃっていたじゃないですか。だからオバサン」
ごく自然な様子で腰に手を回され引き寄せられる。慣れぬヒールにふらついた肩をバニーの胸筋が支える。
「会社命令です。僕から離れちゃだめですよ?」







(なんか、バニーの余計な所に火がついちゃった予感が…ひしひしと、ひしひしとっ!)











にょたTOP  







「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -