Cendrillon−04




ヒーローとして猛火の中に足を踏み入れた事は何度もある。
凍える闇の様な水中に迷わず飛び込んだ事もある。
銃弾の雨霰なんて割と日常茶飯事だ。
だと言うのに
今眼前に広がる未知の領域に足がすくんでしまうのは情けない事なんだろうか…




「こ、ここに入るのか?」
「そうよー。可愛いお店でしょう♪」
赤色の細い窓枠の中には色とりどりの布。金とクリーム色の首の無いマネキンは愛らしいフリルを纏う。
虎徹が強制的に着替えをさせられ引きずられた先は表通りに面した女性向けの服飾店…もとい、ランジェリーショップだった。
「大丈夫よー。平日の午前中なんて人少ないし、恥ずかしがる事なんか」
「いやいやいや!今の俺はいいけどネイサンは拙いだろう!悪目立ちしすぎるっての!」
腕を組まれたままずるずると引きずり出されるように車から出された虎徹が店の前で後ずさりする。いくらなんでも未知の領域すぎだ。入れない。
「大丈夫よ。私ここの常連だもの。メンバーズカードだって持ってるのよ?」
……
「あら、固まっちゃった」
「もう面倒くさいからそのまま引きずって行きましょ。こんな所で騒いでる方が目立っちゃうし」
少し離れて様子を見守っていたカリーナがまた息と共に率先して店のドアを開ける。
カランッ、という軽やかなドアベルの音と共に中に入るといらっしゃいませ、という従業員の丁寧なお辞儀。
柔らかな雰囲気に聞きなれないBGM。ライトアップされた商品が目の毒だ。
「ネイサンが此処の下着つけてるの想像しちまったら一気に目の前が真っ白になっちまったぜ…」
「なーに想像してんのよ。此処は男性部門もあるの」
「なんだよ、それなら安心…」
「まぁ、私がどっちをつけてるか、貴方が知るにはちょーっと役不足だけどね」
ツン、と鼻の頭をつつかれ微笑まれて虎徹がぎょっとする。想像は絶対しない方がいい、してはいけない、身の為だ。
そんな二人の様子を冷たい目で見ていたカリーナがコホンとわざとらしく咳払いをする。なんと言うかじゃれついているようで非常に面白く無いのだ。
「ほら、はしゃいでないでさっさと決めなさいよ、おじ、おば…もう、ややこしいわね!何て呼べばいいのよ」
イラついたようすを見せるカリーナに、カリカリするなよ、と苦笑を浮かべる虎徹は妙に自信満々に言いきった。
「徹虎ちゃんと呼んでくれっ!」
「…あんたそれ、昨日自分で考えたでしょう」
未だに虎徹を引きずる形でくっついたままのネイサンが冷めた声で言う。
「何でわかるんだよ」
「そんなオヤジギャグみたいな名称、あのハンサムに言ったのなら一刀両断されてたでしょうからね。まぁ、判りやすくていいでしょう」
「何だよー、名前なんだから分かりやすい方がいいだろー。一生使うもんでもないんだし」
あぁもうこいつら言っても無駄、と半ば諦めたカリーナがさっさとバーナビーからもらったメモを片手に虎徹用の下着や一緒に売っているキャミソールを手に取る。
―――オジサン…もとい、オバサンって言うか、徹虎さん?あぁもう考えるの面倒くさいからアイツでいっか。肌はアジア系の褐色で髪は焦げ茶色でしょう?目は…確か金茶。何色が似合うかなー…普段着てるような茶色や黒?それともヒーロースーツと同じライトグリーン?
何着か手に取ってみるがいい色はサイズが合わなかったり、デザインがイマイチだったりとピンと来るものが無い。
現役女子高生としてのプライドから変なものは絶対に選べない。それに…
『オジサンの下着。こういうのがいいんですよ』
中身さえ知らない女子ならば絶対赤面していたであろう爽やか笑顔。中身さえ知らなければ。
あの男はその満面の笑顔でつらつらと事細かに指定を入れてきたのだ。流石にちょっと、引いた。そんなに細かいのならオーダーメイドで頼めと言ってやったら『その前に元に戻っちゃったらどうするんですか!』とか握り拳で言ってきたのであぁ、もうこの男扱いにくい、と諦めた。深く考えたら負けな気もするし。
とにかく彼の要望に沿うものを準備しないと後が怖かった。
―――第一指定が大雑把なのよね。あの男絶対普段ファッション誌とか読まないわ。ある意味もったいないとはおもうけど
あれでセンス良かったらちょっと贔屓よね、と思いつつそのセンスが無いからこそ自分がこの役を任されたのではと思う。
それなら…まぁちょっとは良かったのかもしれない。
店内を軽く一周しなんとか見つくろった上下セットを数点とシンプルだが優美なデザインのキャミソールを持って二人の所に戻る。
これなら年相応かつ、あの男の要望にも応えられるという自信作だ。
戻った先ではネイサンと虎徹はまだくだらないことを言い合っていた。
「TバックのTはタイガーのTよっ!」
「訳わかんねぇ理屈こねんじゃねーよっ!!」
「大丈夫よぉ。絶対似合うから」
「似合う似合わねぇの問題じゃねぇよ!そんなの俺は絶対に履かないからな!」
「あら、それじゃノーパン?そういや日本人って皆下つけないって本当?」
「どこだよその似非知識の元はよぉ…大体想像つくけど。それは浴衣とかの時だけで、しかも今じゃそんな奴滅多にいねぇって」
「なんでも健康法にあるらしいじゃない」
「あー、なんか一昔前に流行ったなそれ…」
外見は変わっても両方男だ…と齢16歳にして男のくだらなさをしっかりと感じてしまったカリーナが今日一番のため息をつく。
男口調のオバサンとおねぇ口調のオカマが肩寄せ合って割と大声で会話してるのだから、目立ってしょうがないって事を自覚して欲しい。そんな二人をちょっと可愛いとか思っちゃったけど。
同心円状に離れた客と店員の好奇の目を振り切る様に、ミュールの踵をわざと大きく響かせて二人に近寄る。
「何やってんのよ、時間がもったいないでしょう!はい、アンタはこれ試着してきて!で、ネイサンは先にこっちの会計よろしく」
虎徹には下着をネイサンにはキャミソールを押し付けて無理やり二人を引きはがし、虎徹の背を更衣室へと押し出す。
「お前、ちょっと強引だぞ」
「煩いわよ。あんた達の連れだって判るの、恥ずかしいんだから!」
ぐいぐい背中を押すとその肩が細い事にハッとする。以前触ったのはスーツ越しだったがやっぱり、全然違う。
今のオジサンは、オジサンじゃないんだな…そう思うと胸に一瞬氷が刺さった気がした。
その思いを振り払うように、別の話題を振る。
「少しは自分で選ぼうとしなさいよ。手がかかるわね」
「いや、だって俺こんな所来た事無いからさ…なんか見ちゃいけない様な気がして」
「そんなんで着方、ちゃんと判るの?」
「あー、まぁ一応脱ぐ所のも着てる所も見たことあるから…」
うっかり言ってしまった一言に流石の虎徹もまずいっ、と思い振り返る。予想通り真っ赤な顔をしたカリーナに突き飛ばす勢いで胸を押され更衣室へと押し込められた。
「最っ低っ!!」
「…既婚者なんだから仕方ねーじゃん…」
と言い訳はしたかったがあまりに恥ずかしそうなカリーナの様子に反論は小声になる。カーテン一枚奥にようやく届くか届かないかの声。
―――…改めて思い出させなくっても、いいじゃない…
面白くない、悔しい気持ちを感じながら更衣室のカーテンに背を向けるカリーナに対し虎徹は自分の言動を流石に反省していた。カリーナが望む形とは方向性は違っていたが。
しかし、俺も配慮は足りねぇなー。このままじゃ楓にまで嫌われることになっちゃうかも…と地味にショックを受けながらいそいそと服を脱ぐ。
女性下着なんて触んのいつ以来だっけーなーと割と寂しい事を思い起こしつつ見よう見まねでホックをかける。筋肉の質も変わったのかずいぶん体が柔らかく感じる。背中に手を回すのも楽だ。改めて、自分の体が異常事態を迎えてる事を身に染みつつ、上だけは何とか形になった。
―――これでいいもんなんだろうか…カリーナに着方聞こうかな。いや、でもまた怒らせたらかわいそうだし…
「ちゃんと着れた?」
悩み始めた所にタイミング良く、カーテンの隙間から首だけのカリーナが現れた。
「お、おまえっ!?」
「何ビビってるのよ。だっさいわねー。今は女同士なんだから問題ないでしょう」
心はオジサンなんだから心臓には十分問題なんですけど…小声で文句を言ったが完全に無視された。だが、いつものカリーナと変わらない様子に静かに胸をなでおろす。
「サイズは問題ないわね。一応一週間分は買っておくから、きちんと洗濯しなさいよ」
「は、はーい…」
「次は服と靴買いに行くわよ。やっぱりネイサンが着てた服じゃ派手すぎてイマイチ似合わないわ。その下着はそのまま着ていくから、タグ切ってもらいましょう」
すいませーん、と手際よく呼び付けた店員に注文を頼む。買い物の場ではものすごく頼りになる。やっぱ女の子だな、と苦笑を浮かべた。
チラリとのぞいた先には買い物袋を両手に抱え、しっかりと荷物持ちさせられているネイサンが見えた。どこか楽しそうにこっちを笑み交じりに見つめている。
―――元に戻ったら、あぁ言う保護者役、一度やってやらなきゃな…
今度は今日のお礼も兼ねて彼女の好みの店に命一杯付き合ってやろう。
そんな事を今の状況を忘れ保護者心全開で思った虎徹だった。





(…あれ、そういや此処の支払いって誰が払ってるんだ…?俺財布持ってきてねぇぞ)












表には書けない(?)薔薇→虎要素満載の回でした。あー楽しい♪虎薔薇は好物のひとつです。
兎が変態役でしか出てなくてすいません。一応兎虎表記なのになぁ…
いっそ連載はヒーローメインのどたばた話にしてしまおうか…いや、考えてるオチは兎虎なんだけど。



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