お礼に、少し揚げ物を増やして。
カウンターテーブルに皿を運び、ごゆっくり、と付け加えてから、大人しく椅子に座ったままでいてくれた子を抱き上げる。
常連さん達も安心したのか、本来の自分の仕事を思い出したのか帰ってしまって、彼の咀嚼する音と、子供の声だけが室内を占めた。

最後の一切れを、彼は飲み込み、水を注ぎ足したコップを渡せば、こくりと喉仏が上下。
子供はそれさえも珍しいのか、何度も何度も、彼に手を伸ばした。

この子は、父親を知らない。
それでも、何かこのひとに父親に通じるものを感じたのだろうか。

(海の、匂い)

港町であるここでは、何度だって嗅いだことのある匂いなのに、全く別物の様な気がして。
自然と、涙腺が弱くなる。
もう忘れた気でいたのに。
恋だとか愛だとかとは別に、情は忘れられずに。

「あーうー」

私の胸元を小さな手で掴む幼子。
親の感情に、子供は敏感で、なのに、大人は子供程感じ取ってやれない。
さっきより強く抱き寄せて、柔らかい肌に頬を寄せる。

「……」
「……」

じっとこちらを見つめる彼に気付かない振りをした。
そして彼も、何か言うことはなかった。


「また来るよい。」
「あ、あの」

ぴったりより少し多い金額を机の上に置いて、彼はさっさと扉の向こう側へ消えてしまう。
誰も居なくなった、私と子供だけの空間。


知っている。
この、誰も居なくなった後に残る、あの余韻を。
一目惚れだと言う程発達した感情でもなく、それこそ子供のように幼い、淡い気持ち。

(違う、あの頃とは)

あの頃の、二年前のように、私は一直線に進むことが許されない。
ひとりじゃない、子供が居る。
何より守っていかなくては、一番に愛情を注げる子供が居る。

(大丈夫)

大丈夫。過ちのはずがない。
あなたはちゃんと、私が望んだ子供。

だからこそ。

「お散歩、行こうか」

あなたが一番、望む世界を。

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