「いらっしゃいませ」

ちりんちりんとドアに着けたベルが鳴って、来客を知る。
子供は街の常連さん達がテーブルで談笑しながら面倒を見てくれていた。

「何にしますか?」
「……何でも良いよい、美味いもんさえ食えれば」
「はい、頑張りますね」

きっとあの船のひとだ。
大きく開かれた胸元から見えるのはジョリーロジャーで、店に来ていたひとたちも一瞬動きが止まっていた。
テーブルじゃなくカウンターに座り、ひとつ大きなため息を吐いている。

「お疲れですか?」
「部下が騒がしくてねい、落ち着いて飯も食えやしねぇ」
「ふふ、大変ですね」

どうりで、大きなレストランに行かない訳だ。
そこは今きっとその部下の人達が宴会ばりに楽しんでいるのだろう。

「まーあ」
「ごめんね、まだママ忙しいから、おじちゃんたちに遊んで貰って」

とてとてと、常連さん達の元を離れ子供が危なっかしい足取りで歩き、カウンターの下から私を呼ぶ。
火を使うからキッチンの中に入れる訳にはいかないし、申し訳ないけど常連さん達の元に居れば危ないこともないから。

「あい!」
「良い子ね」

本当は頭を撫でてあげたいけど、それも出来ず、笑顔を返してあげるだけ。
きっと、この年頃の子は四六時中、離れたくないだろうに。
それでも誰かが養ってくれない今、尚更この定食屋を閉める訳にはいかない。

「子供かい?」
「そうなんです、この間一歳になったばっかり」

あの人と出会ってから、まだ二年。
亡くなった知らせを聞いてから一年ちょっと。
もう既に、色褪せた思い出になってしまった。
彼は、薄情な女だと思うだろうか。

「あ!」
「おっと、」

手元を見つつ子供が戻れるかはらはらしていると、案の定転びそうになって。
声を上げたと同時に、常連さんが席を立って、それから。

「ありがとうございます…!」
「どうってことないよい」

それより近くに居た目の前のお客さんが、子供が転ぶ前にそのまま抱き上げてくれた。
ああ、良かった、怪我をしなくて、本当に。

「ありがとうございます、は?」
「あーあと!」
「どういたしまして、だよい」

子供は抱かれたまま、言葉に上手くなっていないお礼を紡ぐ。
私が抱き上げるより高い目線が楽しいのか、目を輝かせて首を回して周りを眺め、彼の服をしっかりと握り締めてしまっている。

「ごめんなさい、あの、」

後少しで料理もキリが良い。出来上がるのが少し遅くなってしまうかもしれないけど、いつまでもそうしてもらっているのも悪いから、と言おうとする前に、彼はすとん、とそのままカウンター席に座った。

「ガキの扱いにゃ慣れてる」
「…あ、もしかして、お子さんが…?」
「手間のかかる弟がねい」

それが誰だかは皆目見当もつかないが、その目はとても優しいもので。
座ったことにより子供も目線が下がってもう良くなったのか手を離して、彼は相手いる隣の席に子供を座らせた。
高さが合わなくてテーブルから少し目が覗く程度だけど、子供はとても嬉しそうだった。

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