あの海賊旗には、見覚えがあった。 彼が言っていたんだ。 「白ひげ海賊団」 有名な海賊。 彼を、殺したかもしれない海賊。 憎くはない。だって、海賊はそう言うものだから。 「あうー…?」 「何でもないよ、大丈夫」 まだきちんと喋れない自分の子供を抱き上げて、頭を撫でれば屈託のない笑顔を浮かべる。 伸ばした幼い手でぺちぺちと頬を叩いてくるので、もしかしたら、私に笑えと言っているのかもしれない。 「行こうか」 夕日が綺麗な高い丘。 私が見てきた中で一番綺麗な海。 (あなたは、これ以上綺麗な海を知っている) それを背にして、ひとり細々と続けている定食屋に脚を向けた。 店を始めたのは、両親だった。 生まれた頃から私はその店の看板娘で、街の人達に良くしてもらって、その手伝いをして、平和に、本当に何事もなく暮らし、将来も街の誰かと結婚し、子供を産んで、幸せな家庭を築くものだと思っていた。 それが崩れ始めたのは、両親の死。最初に母が病に倒れて、看病する間も無く、逝ってしまった。最愛の母が居なくなったことに父も応えたのか、一年もしないうちに、母の元に。 ひとり残された私は当然の如く店の跡を継いだ。 小さな街だけれど、ログが溜まるまでとても時間のかかるところだから、良く海賊は訪れる。 街を荒らしていく海賊もいれば、大人しい海賊もいた。 その中の、大人しい海賊のひとりが、彼だった。 船長にいくらかの懸賞金がかかっていた船の、中堅、と言ったところだろうか。 小さな街の、小さな定食屋に彼は毎日のようにやってきた。 曰く、彼が生まれた家が私のこの定食屋にそっくりだったらしい。 それから、男女の仲は簡単に進む。 心を許してしまえば、あっと言う間。 ログは二カ月程度で溜まるはずなのに、船の問題でもう暫くここに居ることになって。 でも、別れは絶対に、来る。 「全部終わったら、迎えに来る、だから、それまで待っててくれないか」 「本当に、帰ってくるの?」 「絶対に」 それだって、絶対に嘘だと、わかっていた。 海賊だから。 信じなかった。 彼を信じられなかった。 「いってらっしゃい」 「ああ」 最後に笑顔を向けて、彼は小さな街の、小さな定食屋を出ていく。 「さようなら」 扉が閉まって、私はそう、呟いた。 連れて行ってくれたら、私は。 こんなに泣くことも、なかったのに。 → |