4
「ただいま」
「………っ、おかえりなさい……え、もう帰ってきちゃったのっ///」
僕は盛り付け中のサラダから目を離さずにイシド先生に答える。
「いつもと同じ時間だが………おい、少し焦げ臭いぞ」
手早く着替えてきたイシド先生はキッチンに入っていき、鍋を一目見て火加減を調節し、蓋を開けて慣れた手つきで数回お玉でまぜる。
そして、今度は散らかっている台所を見て苦笑し
然り気無く片付け始めた。
「お前の手料理、楽しみだな」
一通りキレイになった調理台に、イシド先生はご飯をよそった真っ白なカレー皿を2つ並べた。
「あっ、忘れてた……」
タイマーできっちり用意されていた白米を見て、
僕は今の今になっでライズの方を炊くことがすっかり頭から抜けていたことに気づき―――自立への道のりの遠さにがっくりと肩を落とした。
「美味いな」
ホント?…………と先生の目を覗き込むけど
からかっている様子もなく
黒い双眸に微笑むように見つめられてドキンとする。
「よ…かった」
………声が震える。
一人で生きるために身に付けたいと思った料理なのに……僕は、イシド先生に美味しいと言って貰えたことだけがすごく嬉しくて。
「これで……自立に一歩近づいたかな?」
形だげ自立゙を口にすると……イシド先生は、少し考えてから「ああ、そうだな」と答えた。
そんなこと言われても…………何にも嬉しくなかった。
「大丈夫か…」
タ食を終えた後、食器を洗う僕のところへ
イシド先生が現れる。
「うん大丈……あっ」ガシャンと泡で手滑らせた食器が洗い桶で音をたてる。
「フッ……シンクがまるで泡風呂だな」
先生がクスッと笑い……
泡だらけの食器を濯ごうとカランに手を伸ばした僕の背中が先生の気配と温もりに包まれる。
「あとは俺がやろう」
間近で聴く声にうっとりしてる間に蛇口からお湯が出てきて。
「あ///」
白いシャツを腕捲りしたイシド先生の両手が泡だらけの僕の両手を包み、やさしく洗ってくれた。
「僕がやるのに‥.」
「いや、分担しよう。それより……」
「また‥.手料理作ってくれるか?」
「え‥.‥.?」
心のこもった声に、胸が高鳴る。
「…………うん///」
あっという間にキレイに濯がれていく食器を見つめながら、僕はゆっくり頷いた。
「お前と……...ずっと…一緒にいたい」
え///
腕の中から先生を見上げるけれど、
照れ隠しなのか、何ごともなかったように
食器だけがピカピカになって手際よく片付けられていく。
「安心しろ。俺は焦ってはいないから」
洗い物を終え、まるで僕も体の一部みたいに
自分の手と一緒に僕の手も優しくタオルで拭きなが先生は言った。
年下をあしらい慣れてる先生の仕草になぜかキュンとしてしまう。
「焦る…….?」
「ああ。お前もいろいろあったんだろう?」
夕食後は宿題をする時間。
先生は目でそれを促しながら、さらりと言った。
心の傷ごと引き受けるからーーーと。
「何か…知ってるの?」
嫌な感じに鼓動が波打つ。
着替えやお風呂で、しげしげと絡むような
仲間の視線。
真夜中の寮母さん夫婦の口論。
知らず知らずに僕が撒く不穏の種のこと、
イシド先生は知ってるのかな。
「ねぇ......」
「さあ、知らないな」
僕の不穏な表情を読み取ったからなのか、先生はあっさり答えた。
「へっ?」
「具体的には何も知らないが、『個室が絶対条件』だなんて言う編入生なんて、それだけで訳ありだと思うのが普通だろ」
「そっ…か///」
勉強するつもりで自分の部屋の前に立ったけど、
先生とのやりとりも気がかりで、どっちつかずになってしまい立ち往生する。
「あの….‥…焦るって…何を?」
「….‥…」
イシド先生は少し目を見開いて僕を見詰め、
それから音もなく近づいて
「こういうことを、だ」とーーー
僕の唇に、先生の唇が重なる。
頭がぼんやりして頬が熱い///
心臓もばくばくして…。
「……好きだ」
「///っ」
唇が離れた瞬間に届く告白。
「…............」
何も答えられない。
だって、イシド先生は憧れの人だけど...あまりにも遠くて。まるでTVでスターを観ているような、そんな気持ちが僕のどこかにあったから......。
「......返事は、今はいい」
「え............」
「今はまだ、お前の教師を愉しむさ」
「……......」僕は唖然として…...頷くしかない。
「さあ、宿題の時間だ」
優しく背中を押されて、僕は自分の個室に足を踏み入れた。
薔薇色の末来を約束されたみたいで
頭はまっ白、てかバラ色///
夢心地のまま 僕は机に向かった。
ーーーこんなことは、まだ序のロだと知らずに。
prev /
next