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買い物に連れてってくれなかったのは“やましい”ってこと?
胸が………ズキンズキンと痛い。
買い出ししている先生を待っている車中で、僕は、イシド先生の唇が触れたおでこに指で触れて……それからその指を自分の唇に押しあてた。
僕は先生がすき?………まさかね。
憧れるのもおこがましく思えてしまう程、眩しすぎる人なのに………。
もう、考えないようにしよう。
僕は胸に手を当てて何度も深呼吸をして……
軋むような痛みを消そうとしていた。
“いつも通り" に振る舞わなくちゃ。
大人の男の人を相手に……こんな気持ちになるなんて。
やっぱり…僕は…………
“あそこ" で嫌われてたみたいに“悪い子"なのかもしれない。
気づいたら涙が溢れていた。
先生が戻るまでに必死で拭ったけど、きっと、バレてるんだろうな。
車の中で、僕はイシド先生と目も合わせなかった。
イシド先生も「さっきはすまなかった」と言ったきり、あまり話さなくなってしまって。
家に辿り着くと、せっかく下ごしらえしてくれてた彼の手料理の夕食に見向きもせず、一直線に自分の部屋に閉じ籠って布団に潜り込んだ。
――ねえ、あなた。士郎くんは…女子棟に移って貰えないのかしら?
――そ、そんなこと無理だろう。身なりは愛らしくても士郎くんは正真正銘の男だからね。
――男?あなたホントにそう思ってるの?
――……と、当然だろう?
――そうかしら?士郎くんを見る目、他の男の子と全然違うじゃない
――またその話か?いい加減にしてくれよ!
……僕が施設を出た理由。
それは、小さい頃は優しかった男子棟の寮母さん夫婦が僕のせいで何だか雰囲気がおかしくなったから。
“あの会話" が度々聞こえてくるようになった時、
僕は決意したんだ。
僕はこれから一人で生きていく。
誰にも迷惑掛けず一人で生きていけるように、得意なサッカーの腕を磨いて………卒業したらプロヘ行くんだ、と。
「おい、朝だぞ」
「今日は…学校いかない」
「バカ言うな、起きろ」
「やだよぉ」
僕はイシド先生が捲ろうとする布団にしがみついて抵抗する。
「やめ……てよ。僕は一人で生きていくんだっ」
「?……………」
フッ………お前なあ…
と、優しい声が僕の胸に響いてまたズキンとする。
「一人で生きていくなら、寧ろどんなことがあっても学校に行くんだろう?」
「!!……………」
……イシド先生の言う通りだった。
悔しいから…しばらく布団の中で固まっていると、イシド先生はフッと笑ってキッチンに入っていく。
そしてそのうちに美味しそうな朝食の匂いが漂ってきて……かなり空腹なことに気づく。
それにつられて僕はついに、のろのろと布団を出た。
「おはよう」
「…………おはようございます…」
イシド先生は僕の泣き腫らした顔を見て「ひどい顔だな」と口の端で笑み作るけど、目の奥には切なそうな深い色をたたえていた。
「これで冷やせばまだマトモに…」
「もぉ………ひどい言い方だよね」
先生にアイシング用のタオルを渡され、余りの冷たさに僕が恐る恐る当てていると
「貸してみろ」
とイシド先生が僕を抱き寄せて
すごく上手に瞼を冷やしてくれる。
「ひゃっ…!」
「我慢しろ……」
「んぅ………」
「動くな」
「………いい子だ……」
何で……この人は……
僕をすぐに安心させてしまうんだろう?
甘やかして……
宥めて……
心地よくさせて……
もっといろいろして欲しいと思わされしまう。
先生のぬくもりを四六時中感じてたいって、わがままなこと願ってしまうよ。
目を覆うタオルにまた涙が染みた。
泣いちゃ……ダメだ……
この人がせっかく、僕を大事にしてくれてるんだから……笑わなきゃ。
僕は何となく気づいてしまっていた。
一人になることなんかより……本当は、イシド先生の腕の中に包まれていた方が幸せなのかも知れないってこと。
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