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「あれ?お兄ちゃん、珍しいね……」
雷門高校のグラウンドでゴールの中心を見据えながらサッカーボールを弄んでいた俺の背後から声が掛かる。
鳥は空に… 魚は海に…
そして、やっぱり…
「フィールドに…ホントは戻りたいんじゃないの?」
「….‥…...」
「ねぇ.........お兄ちゃん」
夏休み。
3泊4日でサッカー部の合宿に出掛けた吹雪を迎えに出向いた校庭で、妹とばったり出会った。
「心配するな。夕香のために辞めたんじゃない」
すらりと背は伸びたが、相変わらずの懐っこい大きな瞳に見つめられて……思わず頬が緩む。
゙宇都宮夕香゙になって1年半になるが、俺にとってかわいい妹には変わりなかった。
「でも、あたしのためでも……あるんでしょ?」
「いや……一番は自分のためだ。サッカーには…十分楽しませてもらったからな。後は未来の子供たちのために…恩返しがしたい」
「恩返し?早過ぎるでしょ」
プレイで魅せて、夢を与える―――という形で、お兄ちゃんはまだ恩返しができたはず。
詰るような口調でそう訴えてくる夕香を宥めるように、俺は小さな本音を吐く。
「まあ、正直お前の結婚は大きな決め手ではあるんだ」
「っ……なんでよ?いつも勝手にそうやって決めちゃって…」
「お前を…小さな頃からいろんなことに巻き込んでしまい……最近だって多かれ少なかれ、あるんだろう?」
「仕方ないよ、有名人の家族の宿命だから大丈夫!お蔭で今や合気道二段だから♪」「そういうことじゃない」
俺は真顔になって夕香の言葉を遮る。
「お前はもう豪炎寺家だけの娘じゃない。向こうの家や……将来的には子供だって守らなきゃいけない立場だ。兄貴に振り回されてる場合じゃないんだぞ」
「あのさ…堅く……考えすぎだよ。虎丸さんだってあたしのこと守ってくれるし。それに///子供とか……ってまだあたしが医大出てからの話で、てかまだ受かってもないし…」
「安易に考えるな。だいたいなあ、お前は昔から……」「わかったわかった///」
小言はもう聞き飽きた、とばかりに夕香は拗ねた口調で遮る。
「だいたいねぇ、お兄ちゃんこそもう24なんだからお嫁さん見つけてあたしに可愛い甥っ子とか姪っ子を......」
「っ……余計なお世話だ」
今度は俺が夕香の言葉を遮り横を向いた。
こんなこと今までに何度言われたか数え切れない程なのに、何故か異様に照れ臭くて……動揺している自分に気づく。
「そういやさ、お兄ちゃん今日は…出勤なの?」
「っ…いや、…………」
「あ〜…ひょっとして…」
夕香は勘ぐるような悪戯っぽい目を光らせて俺の顔を覗きこんでくる。
「あたしと同じクチなのかな〜?」
「…お前は何しに来たんだ」
「愛する虎丸さんのお迎えだよ」
「っ―――――」
虎丸も俺と同じ雷門高の教師だ。この春から新任でやって来て、円堂が顧問を務めるサッカー部の副顧問をしていた。
「虎丸さんから聞いたんだけど、お兄ちゃんが引き取った生徒さん……すごく可愛いんだってね?」
「……生徒だから、そういう目では見てない///」
「ふ〜ん。でも…今日のお迎えは生徒としてじゃないよね?」
「………………」
迎えに来たとも言ってないのに……すっかりバレている。
「とりあえず保護者かな?……あっ…それかまさか、恋人気分?」
「……違っ!いや、保護者…だ///ただのな」
夕香はクスクス笑い出し「うふふ…お兄ちゃんのイキイキした顔、久しぶりに見たなあ」とやけに楽しげに言う。
「なっ…何だそれは」
「でもね、その子がさ……」
「………………」
夕香がふと真顔になるから、俺もつられて黙った。
「その子が…お兄ちゃんの新しい居場所に、なるといいなってあたしは、思うよ」
感慨深げな呟きが…妙に胸を打った。
―――新しい居場所……か。
それも、ずっと変わらない安住の場所。
お互いに、いつか…そうなれるといいんだが。
「に…...義兄さんっ!!」
「ご……っイシドぉ!!」
元気のいい叫び声にふと気づけば
合宿帰りの虎丸と円堂がバスを転がり降りてこっちに走ってきている。
「どうした、二人とも…」
「どうした、ってお前サッカー…」
「ようやくまたやる気になってくれたんですかっ///」
二人の視線が俺の足元のサッカーボールに釘付けになっているのに気付いて苦笑した。
「これ…か?いやそこに転がっていたから…」
「おしっ!じゃやろうぜ!久しぶりに!」
「俺も義兄さんに見てほしい技があるんですっ!」
お〜い、皆、解散な〜!―――と円堂は勝手に生徒たちを追い払い「さっ、やろ〜ぜ!」
と胸の前で拳と掌をバシッと合わせ、
ゴールに向かって駆け出していく。
「お~い!久しぶりに打ってくれよ!お前のファイアトルネード!」
「わぁあ///俺も見たいですっ!!お願いします!義兄さんっ」
俺は戸惑い気味に夕香をチラッと見るが「いいじゃん、内輪だけしかいないんだから」とウインクが返ってくる。
ため息とともにボールに足をかけると
おずおずと荷物を肩から提げてやって来た吹雪が目に止まる。
思わず俺がボールから離れて吹雪に歩み寄ろうとするのを遮るように、夕香が吹雪のところへ駆けていく。
そして「あなたが吹雪くんよね、あたし夕香。よろしくね」と近くのベンチに誘って二人して腰かけた。
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