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真面目?――――誰がだ。
俺は自嘲を噛み殺して…吹雪の身体をふりほどくように離した。
「偽名を使って無免許で教壇に立ち、引きとった生徒に恋をしてる俺が、真面目だと?」
「…………えっ?!」
「吹雪、俺は本当は教師でも…ないんだ」
吹雪は訳がわからない様子で戸惑ったように俺を見上げる。
「…嘘っ………でも……」
「まだ…と言った方がいいのか、いわば…今はまだ長期の教育実習期間のようなものだな」
俺はサッカー選手を引退してから二年目。
通信教育で教職課程を履修していて、早ければ
今年度末にやっと本当の教師なる予定だからな。
俺が引退すると聞いて、円堂から直ぐさま雷門サッカー部の監督になって欲しいと頼まれた。
だが俺はほとぼりが覚めるまでサッカーには関わらないと断った。
ならばせめてその間教師の真似事をしながらでも、雷門にとどまって欲しいと……拝み倒されてここにいるんだ。
『今、お前と離れると、またどこか手の届かないどっかへ行っちまいそうだからさ。せめてここで見守っててくれよな』
と俺をこの地に押し止めてくれた円堂。
おかげで俺はお前と出会い、永遠に消えない胸の炎をフィールドの外でも点すことになったわけだ。
この……まっ白で心に傷をもった天使に。
「先に風呂に入って来たらどうだ。それから宿題を見てやろう」
しなやかな背を撫でるよう押しやれば
「円堂かんとくに……感謝しなくちゃ」と、呆然としたまま何度か頷きながら呟いている。
そして、少し俯いた姿勢でとぼとぼとバスルームに歩きかけたが………
考え直したように振り返って小走りで戻ってきた。
「……………豪炎寺さん!」
片付けをしようとキッチンに向かいかけた俺の背中に、吹雪が叫ぶように訊く。
「何でサッカー辞めたんですか?」
「……………………」
俺は、短い息をついてから答える。
「……妹が結婚したからだ」
「………………え?」
俺は自分がサッカーを続けるために周囲を色々と巻き込んでしまった。
特に妹は何度か…生命の危機にまで晒してしまったから……次のステージに上がった後のアイツを
俺は邪魔したくないと思った。
そう理由を語れば、百人中百人が『そんな理由で?』と聞き返すものだ。
だが、吹雪は優しい笑みを浮かべて「わかるよ」と頷いた。
「失くしてから気づいても遅いからね……」
そう零して長い睫毛を伏せる表情かどことなく妖艶で、鼓動が跳ねる。
「それに、俺も……自分がサッカーをすることに終始するだけでは………寂しいからな」
「……寂しい?」
「ああ、自分は好き放題できたからあとは恩返しを―――そして、俺も誰かを…」
「?……………」
「幸せにしたい、と思ったんだ」
辞めた当初は、頭では納得しつつも本能や気持ちは昂ったままで行き場がなく、内心はかなり荒れていた。
だからこそそれを見抜いた円堂が心配し、俺に半ば強引に゙雷門の教師゙という居場所を与え、落ち着かせようとしたんだろう。
サッカーには、やはり今でも思い入れは並々ならぬものがあり、俺は絶えず苛立ちのような末練をくすぶらせていたから…。
「せんせ……」
いつしか俺の手に柔らかく華奢な白い指が絡んでいる。
どうした?と平静を装い応えると
零れそうに大きな灰碧の瞳が、とろんと俺を見あげている。そして
「お風呂…一緒に…入りませんか?」と
愛らしい声で誘われた。
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