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さめざめと泣いている吹雪。
俺も途方に暮れて、狭いベッドに重なるように横たわり、胸板を枕にしている吹雪の髪を撫でていた。
「すまん…」
「…………?」
泣き腫らした目に真っ直ぐ見上げられて
照れと罪悪感に鼓動が速まった。
「その……痛かったか?」
吹雪はくすっと笑って「大丈夫」と小さな声で答える。「どれだけ君のこと…………受け入れてきた体だと思ってるのさ」
「フッ…………そうだな」
愛しい。
愛しくて…………堪らない。
2年ぶりの吹雪の身体は、気が狂いそうな程気持ちよくて。
何度でも貪りたかったが、憂い顔を見せられては、心配の方が先に立つ。
だが、吹雪がそんな顔をするのも無理はないと思う。
話さなくてはならない事は、
それこそ沢山あるのだが………すべて先送りして体の関係を結んだことを、無言で責められている気もした。
何から話せばいいんだろう。
整理がつかないままで、身勝手を上塗りするように
「キス………していいか?」と訊ねる。
「…………!」
驚いて見上げてきた吹雪は眉をひそめてはいるが明らかに瞳が輝いたのを、密かに嬉しく思う。
返事の代わりに唇が近づいてきて、ゆっくりと互いに引き合うように重ね合う。
相手の呼吸を奪うほど深く浸食し合うキス……
もう、離したくなかった。
>>
あの日……。
息も絶え絶えの吹雪を父に託した後
"現場" に戻ると、誰一人その場を離れずに俺の帰りを待っていた。
いや、待たせていたと言うべきか。
そこは婚約の祝事の場から、すでに ものものしい"事故現場"に変わり果てていた。
そうさせたのは俺だ。
父の元へ馬を走らせながら軍部の特別警察に通報し、必ず犯人を見つけ出すよう念押したのだから。
白黒つけないままで縁組を進める気はない。
場合によっては俺はこの両家のしがらみから離脱する。
愛しい吹雪を亡きものにしようとした相手と誰が手を組むものか。
「たかが奴隷が体調を崩しただけなのに随分大げさだな」と顔をしかめる千宮路首相に
「人命に貴賤はありませんよ」と穏やかに釘を刺したのは吉良会長だった。
「それで………吹雪くんは大丈夫でしたか?」
研崎が身を乗り出して問う。
「わかりませんが、どうにか救います」
「っ………」
俺が答えたその時、ガタンと派手な音をたてて
席を立ったのはウルビダで。
「私、帰ります」
「姫…!待って下さい」
首相自らが慌てて立ち上がり
ウルビダの肩を掴んで止めた。
「こちらの警戒の甘さで祝席を台無しにしたのはお詫びします」
俺も立ち上がり彼女に頭を下げ
「だが濡れ衣を着たまま帰るのは貴女のために良くない。戻るんだ」と強めの口調で続けた。
「ふ……キレイ事並べたって貴方の想う相手はただ一人。蟻の這い入る隙もない様を、婚約者である私に見せつけておいてよくも……」
「その話は後だ、姫。まずは貴女の潔白を示させて下さい」
揺さぶっても話にならないことを察したのだろう、ウルビダは唇を噛んで元の場所に座る。
検証は夕刻まで掛かった。
研崎が臨時に雇ったという給仕の行方が分かると、だいたいの目星はついてきた。
仮に研崎が給仕に毒茶を淹れさせたのだとしても、吉良会長の元秘書かつ千宮路首相の現部下の研崎のさらなる黒幕が両家のどちらにいてもおかしくない。
俺は怒りに燃えていた。
この罪は必ず償わせる。
最愛の人を喪う怖さを実感したことで、俺は決意に目覚めていた。
真実を見極めて……今の世界を変えてやるんだと。
政界・財界の両トップ、もしくはそのどちらかを敵に回すということは、今ある世界を変えるに等しいからだ。
ナショナル・スペシャリストのエースとしての任務も棄てずに全てに立ち向かい、俺自身とそして吹雪の枷を外す。
そして、吹雪を迎えに行くんだ。
今度こそ伴侶としてこの腕に抱きしめて、永遠の愛を誓うために―――。
できるかどうかもわからない。
あてのない思いだったが、あの日から俺は変わった。
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