3
「ずいぶん調子が戻ってきているようだな」
吹雪の主人になって以来、本部との通信機能を取り外してローカルで復活させたsp04に体調管理も含め吹雪の身の回りの世話をさせている。
sp04が本体に毎日記録している吹雪の体調データの数値を見て、俺は口元を綻ばせた。
sp0X…という型番のロボットは、スポーツ軍事分野のナショナル・スペシャリストをマネジメントするために作られた専用機だ。
sp0Xの管理対象レベルの人間は、資質や運動量の違いから、常人とは体組成がかけ離れている。
その特殊性に合わせてプログラムされたsp0Xに、常人の脈拍や呼吸数・体温変化等のデータを取らせようものなら、はじき出される基礎代謝や体脂肪率にはとんでもなくデタラメな数字になるはずなのに……吹雪の数値はほぼ狂いなく表示されている。
つまり、吹雪も―――
アイツの両親が危惧したように、もしも普通に政府のデータベースに登録申請していたら、飛び抜けた身体能力は間違いなく首相の目に止まり、国家機関に拉致されていたことだろう。
俺と同じように、ナショナル・スペシャリストとして訓練を受け、国に貢献するために。
「吹雪サンハ……貴方様ト毎晩会ウヨウニナッテカラ、特ニ 精神状態ガ 良インデス」
「フッ…それは良かった」
「瞳ハ輝キ、頬ハ紅潮シ……貴方様ノ話ヲ スル時ノ可愛ラシイ表情ト言ッタラ……ホラ☆」
「っ……」
sp04が胸部のモニターを開いて、吹雪の可愛い上目遣いの画像をいきなり映し出すから、動揺のあまりコーヒーカップを取り落としそうになる。
「修也様、マモナク訓練開始ノ時間デスゾ」
sp05が発するアラームに、俺は飲み干したカップをソーサーの上に戻した。
今日は戦術実践訓練で、フィールドを好きなだけ駆け回れるから愉しみだ。
張り切って寝間着を脱ぎ捨て、頭から被ったユニフォームにふと心奪われる。
胸を甘酸っぱく締め付ける、この香りは……
「ワカリマスカ?」
「………何を仕込んだんだ?」
悪戯好きのsp04が、何か仕掛けたのかと思ったのだ。
「吹雪サン デスヨ」
「……はぁ?」
「昨日カラ、貴方様ノ オ召物ハ スベテ 吹雪サンガ 洗濯シテイルノデス」
吹雪が……?
駄目だ、名前を聞くだけでニヤついてしまう。
「手洗イシテ 干シテ……畳ム時ニハ 一枚一枚抱キシメテタリ。匂イヲ嗅イダリ キスシタリ……可愛イノナンノッテ………アッ!!ドコヘ行カレルノデ?」
「っ……訓練に行ってくる」
いい加減にしろ―――。
訓練前にそんな話を聞かされたら、頬が緩んで身が入らなくなるじゃないか。
全く…………。
部屋干しした俺の服に囲まれた自室で、乾くのを待つ吹雪のほのぼのとした幻想が脳裏に悩ましくチラつくのを、振り払うようにドアを閉めて外へと駆け出した。
その晩も……
吹雪は、務めに来た。
小さなロと繊細な舌はすっかり要領を得た動きで巧みに俺の弱点を刺激し、俺は狭く温かい咥内に上り詰めた熱を吐き出す。
「……飲むなと言っているだろう」
コクンと喉を鳴らす吹雪の頬を両手で包み、濡れた唇をなぞりながら、随分と淫らなことばかりを教えこんでしまったものだと心を痛める。
本当は……
この唇には幾千のキスを棒げても足りない程愛しいのに。
「そうだ……」
せめてもの償いにチョコレートを舌の上に乗せてやると「ありがと」と儚く浮かべる微笑が愛しくて、気が狂いそうだ。
明日の晩からは、吹雪を抱こうと決めていた。
吹雪自身にもsp04を通して伝えてあった。
小さな体に負担をかけるのは気になるが、吹雪の体内に欲望を埋めたい願望にはもう勝てそうにない。
形だけでもこの際構わない。
愛し合う者同士のように互いの躰を結んでみたかった。
「嵐がくるみたいですね……」
吹雪がふと呟いたから。
思わず、護るように抱きしめて、自分のベッドに入れてしまう。
「明日に備えてここでゆっくり眠るといい」
おやすみ―――と言い合ったのに、
目を閉じた吹雪を腕に抱いたまま眠れない。
強くなってきた風が吹き荒れる中、柔らかい髪を撫でながら、常に喉元まで出かかっている『愛してる』の言葉を押し止めるように白い額に唇を押し当てて、俺はじっと目を閉じていた。
prev / next