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15


「ふふ、これ涼しい〜」

「………!?」

豪炎寺は呆れたように目を見開く。
仕事を終えてロビーに現れた吹雪がまだウェイトレスの格好をしていて、おまけにはしゃいでいたからだ。

「なんだかスカートが空気を纏って、風になったみたい……ほらっ」

路上に出るなりくるりと一回りしてスカートを翻してみせる吹雪を、豪炎寺は苦い顔で見守る。

「今日はどうして着替えてないんだ」

「え?この仕事、最後だから記念に……ってサギヌマさんがくれたんだ。貰ってももう着ることもないだろうけど」

じゃれるように自分の右に付いたり左に付いたりしながら傍らを歩く吹雪をつい目で追いつつ、豪炎寺はスタスタと歩みを進める。

「何で渋い顔してるのさ。今日で最後と言ったのは君でしょ?」
「ああ……相談もなくすまなかった」

早まった発言をした理由が嫉妬心だとは、豪炎寺自身気づいていなかった。


三叉路の石畳や角に立つ飾り看板を照らす満月。
小走りで少し前を歩いてそこで立ち止まり、振り返る吹雪は……まるで街に残る戦禍の爪痕を癒すべく降り立った天使のようにまばゆくて、豪炎寺は目を細める。

「あの……僕の双子の兄…って結局“僕”のことだよね?」

「ああ、そうだ」
豪炎寺も足を止めて吹雪に向き合った。あくまで真摯に、感情が溢れ出さないよう気をつけながら……。

「そろそろお前も給仕じゃなく、音楽家としてラウンジに出入りしてもいい頃だろうと思ってな」

「……ええっ、僕が?」

「ああ。腕試しに次から……俺の代わりに入ってみたらどうだ」

驚いて見つめ返してくる吹雪の瞳。
その澄みきったブルーグレイに、心が溶かされていくのがわかる。
なぜ、歯止めが効かない?
この手の甘い魔法に、自分がかかるはずはないと思っていたのに―――

眩しいのは月明かりなのか、吹雪の美しさのせいだろうか。

見つめていた吹雪の瞳が、伏せた睫毛で不意に翳った。

「おい………」

そのまま背を向けて歩き始める吹雪を追う豪炎寺。家路を向いているが、どこか儚げな後ろ姿が心を惹きつけてやまない。

「どうしたんだ?」

追いついて並んだものの、吹雪は早足でどんどん進んでいこうとする。
勢いでふわふわと上下するスカートの裾からしなやかに伸びる脚……ガーターで止めた白いソックスから華奢な膝が見え隠れするさまが、非日常感を煽り立てる。

「………どうする?……今日で最後だよ」

「………どういう意味だ?」

少しよそよそしいやりとり。
惹かれあい近づき過ぎている互いの距離感が、照れ臭いせいなのかもしれない。

豪炎寺の問いには答えず、吹雪は少し歩調を緩めながらぽつりと語りだす。

「恋するウェイトレスの心は今、期待と不安に震えています―――」

「――??」
怪訝そうな豪炎寺の視線と、吹雪の潤んだ上目遣いがぴたりと合った。

「今夜はきっと……想いを打ち明けるチャンス……」
上擦る声で吹雪は続ける。
「相手は容姿も心も美しく素晴らしい音楽家。彼の音楽は勿論のこと、すべてが好きでたまりません。もちろんはじめての恋です」
隣で豪炎寺が頬を緩めていることに気づかず、吹雪は語り続ける。
「………そして……今夜は彼とはじめて外に出て……足は震え、高鳴る鼓動はまるでキツネに追われる野うさぎ…」
「クックッ……」

「……!」
急に背中から抱きしめられて、吹雪は息を呑む。

「なかなかワイルドな表現だな」

「……それしか浮かばなかったんだよっ」

「命がけも……悪くない」

耳元を擽る囁きと、包まれたぬくもりの心地よさに吹雪は寄り添うように身を委ねる。
頬が熱い。
羞恥がじわじわと込み上げてきて俯いた瞬間、吹雪は身を竦めて伸び上がった。

「や……っ……」
「……本当だ。すごく高鳴ってるな……全身に血が巡ってるのもわかるくらいだ……」

背後から回る豪炎寺の手が吹雪の胸元をまさぐる。

上気して色づく首筋を月明かりが艶かしく照らし、そそられた豪炎寺が舌を這わせた。

「あ……んっ……」
いつもと違う艶かしいキスになぞられた吹雪の肌が、ざわめいて熱を帯びる。

「震えてる……」

「言わ……ないで……」

「……可愛いな……」

「……っ……はぁ……」

言葉は途絶え、代わりに湿った愛撫の音と喘ぐ吐息が路上に零れていく。

豪炎寺の熱い唇に触れられると、肌が溶けていくようだ。
力を奪われて支えきれなくなった身体で、吹雪は必死に向き直りしがみつく―――

「吹雪……」

豪炎寺の渇いた喉が掠れた声を押し出す。

吹雪と抱きあい、唇を求め合い……触れるたび、もっとその先が欲しくなる。

人の肌に溺れる感覚初めて味わいながら、その狂おしい甘さから抜け出すすべは見つからない。





 
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