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13


三時に戻ると吹雪は言っていたのに――。
五分過ぎただけで居ても立ってもいられなくなった豪炎寺は、上着を掴んで外に出る。

蚤の市が催されている広場には、骨董品やら日用雑貨、観葉植物や食品まで……出店が賑やかに立ち並んでいた。
夕方近いこともあり、客足は引いてこれでも疎らになってきた頃だろうか。

人々が行き交う中ですぐに吹雪を見つけ出し、全身で安堵する有り様に、豪炎寺は自嘲のため息を吐く。


骨董屋のテントの奥で、何やら店員の作業を手伝っている吹雪。
そのうつむき加減の表情や腕捲りしたシャツから伸びる白い腕……それは隣に立つ店番の女性より華奢で艶かしく映るのを豪炎寺は眩しげに見る。


「ありがとう。あなたまるで魔法使いね」
にこやかにテントから出てきた吹雪は、路地に立っている豪炎寺に気づいて頬を色づかせ駆け寄った。

「あっ、ごめん。遅くなって……」
「……いや。無事ならいい」

ボヘミアン風の身なりをした店番の女は並んで立つ二人に目を見張りしばらく見比べていたが、テントの奥に一旦引っ込み、また追いかけてくる。

「ねぇ、待って。これを――」
振り返る吹雪の胸に、女は持ってきた紙袋を押し付けるように渡した。
「彼氏と仲良く使って頂戴。美しいあなたたちにぴったりだと思うわ」


礼を述べて別れ、二人で肩を並べ歩いている帰り道、吹雪がふと訊ねる。

「あの人……これを渡してくれた時、なんて言ってたんだろ」
「恋人同士でそれを仲良く使ってくれ、と――」
「こっ……!」
真っ赤になって袋を抱きしめて俯く吹雪の横顔を、豪炎寺は目を見開いて思わず覗き込む。
「お前……言葉が通じてなかったのか」
「うん、でも身振り手振りで通じたから全然困らなかったけど」
気後れもせず答える吹雪に、豪炎寺は思わず苦笑した。


「お前手先が器用なんだな。扱い慣れてるように見えたが……」

食器の欠けをパテで埋めて綺麗に復元していた吹雪の手際のよさは、素人じゃないと一目見てわかった。

「うん。僕ね……小さな頃家族を亡くして一人きりになって。地元の骨董屋さんに預けられて育ったんだ」
丁稚みたいなものさ……と吹雪はさらりと打ち明ける。

「そうか……」

その骨董屋は函館の洋館が立ち並ぶ地域にあり、異国の人々が出入りするたび西洋の食器や、たまに楽器も流れてきた。
年端のいかない子供に商品なんて普通なら触らせないところだが、吹雪は馴染みのない西洋の物を見よう見まねでうまく扱えるようになり、おかげでその店は西洋人の客に評判になった。

「さっきの修繕は“金継ぎ”っていう日本の技術だけどね。陶器のお皿の継ぎ目をきれいに塞いだのさ」
「なるほどな。楽器も修理できるのか?」

吹雪はこくりと頷いた。
「へこみとか板や柱の直しくらいならできるよ」
部品があればもっと色々出来ると思うけど―――と言いかけた言葉をハッと呑み込む吹雪。
石畳の階段に差し掛かった時、豪炎寺の手が吹雪の腰にそっと腰に添えられたから―――。


O-hausに戻ると、久しぶりに豪炎寺がキッチンに立って手早く料理を作ってくれた。
あり合わせで作るものだが、これがとても美味しくて。
吹雪は満面の笑みでそれを平らげた。

昼間の外出が長引いたこともあり、ゆっくり味わう時間もなくて。二人とも淡々と支度をしてすぐにホテルへと向かう―――

そんな慌ただしさも、彼と一緒だと不思議と心地好い。
息が合う……という感覚だろうか。
鼓動や息遣い、話すテンポ……豪炎寺の持つリズムが心地よく吹雪のすべてを支配する。
それは今までに味わったことのない感覚だった。


ホテルにつくと楽屋とロッカーに分かれて入り、ウェイトレスになりすました吹雪はいつも通りの仕事を始める。

一時間おきに数回催される豪炎寺の演奏。

いつもなら自分もピアノ線になってしまったかのように彼のタッチに共鳴するのに、今夜は自分をちゃんと保てている。
何かが起きることを知っているから、たぶん少し緊張しているのだ。


“目標の人物”はラウンジに現れた。
終わりがけの時間にくつろいだ私服で仲間と合流し、機嫌よく酒を飲みはじめるのをさりげなく見守りながら、吹雪はそのテーブルの給仕を続けた。



 
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