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12


吹雪がDEUに来てからひと月半が経った。

あの夜以来、キスをねだることは一度もない。ただ豪炎寺がベッドでいつも向き合って眠ってくれるようになったことが、吹雪にとって嬉しい変化だった。

O-hausでの吹雪の生活はとても規則正しい。
朝起きて、メンバーと階下で朝食を済ませてからヒロトを見送り、掃除や洗濯などの家事をする。
昼食時に夕食の分も作りおきして、ラウンジに出かけるまでの間は豪炎寺の部屋でピアノを弾く―――

豪炎寺はラウンジでピアノ演奏する以外は、反Nazi活動家としての研究に傾注していた。
以前は部屋で息抜きにピアノを弾くこともあったが、今は吹雪のを聴くことのほうが多くなっている。
この街の近辺に研究室があるらしく、数日に一度はそこに出向いて夜まで帰らなかった。

だがどんなときも吹雪の体調ケアだけは欠かさない。
状態を見ながら適宜ワクチンのクリーニングも実施した。ワクチンの影響は少しずつ弱まってきていたが、相変わらず吹雪は煙草を一人で吸えなくて、服薬する時は決まって豪炎寺が優しく手助けをした。



手首を包む温もりに、ゆっくりと眠りから呼び戻される朝―――。

「起きたか」

部屋を照らす明るい光とパンの匂いを感じながら吹雪が目を開けると、脈を取っていた豪炎寺が「今日は珍しく寝坊だな」と笑って手を離した。

「ごめん……」
「いや、たまにはゆっくり休んだ方がいい」

「あっ、でも今日は蚤の市が……」
吹雪がガバッと身体を起こす。
「行きたいのか?」
豪炎寺は少し呆れたような顔をする。
「まずは朝食にしたらどうだ。フローマルクトは逃げていかないからな」

豪炎寺の視線を辿ってベッド脇の小さな丸テーブルに目を向けると、そこには一人分の朝食があった。きっと彼が確保しておいてくれたものだろう。

「ありがとう。いただきます」

パンをかじると、味覚も目覚めて、遅まきの朝が少しずつ始まる。


「身体の調子はどうだ?」
「……良いよ。おかげさまで」

ぼんやりとした顔でパンをほおばる吹雪を見て、豪炎寺がクスリと笑った。

「何…?」
「寝ぼけ眼もいいな」

「えっ、腫れてるの?」
「いや、可愛い」

豪炎寺の顔が近づいてくるから、寝起きの脳に一気に血が巡る。
腫れた瞼をキスが撫でて。
そしてそのまま頬を滑り降りてきた唇が、吹雪の唇に触れた。
「……!!……」
真っ赤になって唖然としている吹雪を残して、豪炎寺は部屋を後にする。

すぐに戻ってきた彼は、淹れたてのコーヒーのマグカップを二つ持っていて、一つを吹雪の前の丸テーブルに置いた。


「………どうして……」
少し離れた自分のデスクで書類を真剣に見つめている豪炎寺に、吹雪はぽつりと問いかける。
「君は……僕にそんなに優しくするの?」

少しの間をおいて、豪炎寺が立ち上がり吹雪の方に歩いてくる。

「優しくしているつもりはない。これが自然体だ。ただ、お前のことを……とても大切に思ってるのは確かだ」

「っ………」
マグカップに両手を添えてコーヒーを口にしていた吹雪は、ごくんと飲み込みこっちを見て目をぱちくりさせる。

重大な告白とも取れるのに、あまりにさらりと言ってのけるから。
どう捉えたらいいのかわからなくなって……しまいにははぐらかされた気にもなる。

一体彼はどういうつもりなのだろう―――?

「少し話をしていいか?」

何事もなかったかのように、豪炎寺は空っぽになった皿をどけて代わりに書類をテーブルに置く。

「見てくれ。これはラウンジの会話情報から抽出したものだ。この会話……誰が話していたか、顔は浮かぶか?」

「見せて……」

それは吹雪がラウンジで拾い集めてきた言葉を聞き取り、その日のうちにすべて文字にしてきたものだ。
それらの会話はページ毎に日付が記され一ヶ月近くに渡っている。マークされた会話はどこか共通していて、吹雪の頭に特定の二〜三人の顔が思い浮かんだ。

「今晩、これに関係してる人間を見つけたら俺に教えてくれ」

会話の主はおそらくNaziだと推定された。
非番で遊びに来ているのだろうが、仕事に陶酔している彼らの会話は内容の端々にそれが滲み出ている。

「Naziが語る彼らの新世界。キーワードが繰り返されているだろう?例えば―――」

“芸術”と“カリスマ”による『静かな支配』
そして“V操作”……これは“Vakzin”ワクチンのことだな。

単語を指し示し、繋ぎながら豪炎寺は解説する。
云わんとすることは分かるが、そもそもなぜ豪炎寺たちがNaziに対抗しようとしているのか、何をしようとしているのかが吹雪には見えていなかった。

「今夜から、お前には少し違う仕事を手伝って貰いたい」
「……いいよ。何をすればいいの?」

吹雪は二つ返事で頷く。
とにかく豪炎寺の役に立ちたい一心だった。

「こいつらと接点を持ちたい」
「え……僕ドイツ語がそんなに流暢じゃないけど……」
「大丈夫だ。俺に合わせておけばいい」

豪炎寺はあえて自分に全容を話さないのかもしれない……と吹雪は少し硬い面持ちで頷きながら思った。
今全てを知ってしまったら、ことの重大さに萎縮してうまく動けないかもしれないから―――

「いい天気だな。先に用事を済ませて来るといい」
ふと窓の外を見ながら豪炎寺が呟く。

「え?」
「フローマルクトに行くんだろう?」
「あっ!そうだった」

急いで着替えた吹雪が「三時には戻るよ」と言い残して部屋を出ていくのを、デスクに戻った豪炎寺は温かく見送った。


 
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